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インドネシアのコミュニティ文化とシェアカルチャーの親和性 ――Lifepatchインタビュー

Interview / Asia Hundreds

アーティストは問題を提起する人

畠中:先ほど、Lifepatchの活動が特定のジャンルにあてはめることができないものだとおっしゃいましたが、「アート」としての活動だとみなされている現状については、どのように考えていますか。あなたたちの活動は、社会的に作用する“なにか”だという言い方もできるかもしれません。もしかすると「アート」というコンテクストやフレームに回収される必要はないのかもしれません。

アンドレアス:先日開催されたシンポジウム *5 で、「アーティストは問題を解決する人だ」と言っている人がいましたが、僕は反対意見で、アーティストは問題を“提起”する人だと思っています。何にでも疑問を唱え、問題が隠れていたら掘り起こして顕在化させる、それがアーティストのあり方じゃないかな。科学者は実際に問題を解決する人だから、その問題を深く理解し、アーティストと共にいてくれたら最高ですよね。
Lifepatchがアートシーンで活動できているのは素晴らしいことだと思っています。なぜなら、第一に、Lifepatchの活動にはまだ定義がないから。科学であれば、相互評価、論文、再現可能な実験が必要になる。それに、組織されて間もない市民団体の論文など、受け付けてくれないでしょう。かしこまった機関からすれば、Lifepatchはちゃんとした組織ではないんです。その点、アートシーンはずっと柔軟です。Lifepatchの多くのプロジェクトを認めてくれて、展覧会に呼んでくれる。
もうひとつ、アーティストとして課題を考えるということは、あらゆることが対象になりえることです。とりわけ、インドネシアには提起すべき問題は山積みです。その多くはシンプルなことですが、社会の文脈ごとに本当にたくさんの問題があります。Lifepatchは異なる立場と専門性を持ったメンバーの集まりだから、多様な観点から問題に挑める。その二点が、Lifepatchがアートシーンで機能する主な理由ではないでしょうか。

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*5 2016年7月9日に国際交流基金アジアセンターとアーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)の主催で開催したメディアアート国際シンポジウム「“アート&テクノロジー”-時代の変遷、同時代の動向、これからのプラットフォーム-」。
登壇者:真鍋大度(アーティスト/ライゾマティクス) 、アンドレアス・シアギャン(アーティスト、エンジニア/ライフパッチ) 、ジェフリー・ショー(アーティスト)、阿部一直(山口情報芸術センター[YCAM]副館長) 、畠中実(NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]主任学芸員)、イヴォンヌ・シュピールマン(メディア学者、芸術学者)

ティンビル:なぜアートシーンで活動するか―。それは、活動できるから、ですね。色々なメンバーがいて、美意識に関することやアートについて話はしますが、我々はいわゆるアーティストではないんです。この10年くらい、様々な活動をしてきた中で、アートシーンとはいつも何らかの形で接点がありました。展示に誘われたら、「僕はアーティストじゃないけど、なぜ呼ぶの?」と聞きますね。そうすると、彼らの答えはシンプルで「それは問題じゃないから」と……。

アンドレアス:ティンビル、君らしい表現だけど、僕はそれは正しくないと思うよ。わからない、とか、僕らはアーティストじゃないから、と言ってしまうのは簡単ではある。でも実際は、君も僕も、これまでの活動を通じ、色々なことを経験で身に付けてくることができた。それは、高等教育における美術の学びとは大きく異なるものだとは思うけど……。たとえば、君は学校の専攻でいうと化学のエンジニアリングを学んだけれど、今、エンジニアとして働いているわけではない。むしろ専攻として学んだわけではない発酵技術を用いていて、今じゃ発酵プロジェクトのエキスパートになっている。同じように、美術大学を卒業しても、展覧会に一度も参加しない人も多い。彼らもいつかは芸術家になる? そんなわけない。展示の仕方も知らないままだったりもする。アートプロジェクトでも何でも、実際にやり続けることによって、アーティストとしての知識や技術が身に付き、プロフェッショナルになるんじゃないかな。

ティンビル:まあ、誰でも進化するからね……。ジョグジャカルタには美術大学があるんです。毎年千人だか二千人だかの学生が卒業していく。

インタビューの様子の写真

アンドレアス:そして卒業後には、銀行に就職したりしてね。もしくは土木技術者になるとか。実際僕にもそんな友達が多くいます。今ではすっかりバリバリの銀行員です。

アクバル:僕はLifepatchのプロジェクトに参加する際、アートとして何かを作ったことは一度もありません。僕が作るのは、測量のための試作品や装置であって、アートではない。だけど、僕の作るおもちゃを誰かが見て「面白いから展示に出そう」と言ってくれるなら、「もちろん、喜んで!」と答えますよ(笑)。

アンドレアス:2013年に参加したバンコクでの展覧会「Media/Art Kitchen」 *6 (国際交流基金主催)なんかはそんな感じでした。≪Moist Sense≫という地中の水分を測る湿度センサーを使用したシンプルな自動潅水システム(農作物や草木に水を注ぐシステム)のシミュレーションをインスタレーションとして展示しました。それぞれのシステムで必要になる回路や装置の製作はアクバルたちの案ですね。

*6 日本と東南アジアのメディアアート展「Media/Art Kitchen – Reality Distortion Field」でのLifepatchの展示作品。≪Moist Sense≫。全ての植物に電子センサーと矩形波、三角波、ノイズを発する低周波発信機をつなげたオシレーター(発振回路)がついているので、植物の健康状態が視覚と音響表現として立ち現れてくる。(主催:国際交流基金、ジャカルタ・クアラルンプール・バンコクにて展示、2013)

アクバル:「Media/Art Kitchen」展では、作品展示のほかインドネシアの伝統的な食べ物で、大豆を発酵させた食品「テンペ」をつくるワークショップをやったんです。参加者は、アートのワークショップには来そうもない人たちでした。決してアーティスティックなものとしてワークショップをやったわけではないけれど、アートプロジェクトの一環となることで、誰にでもわかりやすく情報を伝えられる、ということを学びました。

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展覧会「Media/Art Kitchen」でのテンペ作りのワークショップ。テンペは、植物性タンパク質を多く含み、自然の恵みとしてインドネシアでは2000年以上もの間食べられている。純粋培養された菌を用いて、発酵微生物をコントロールし、大豆を固形発酵して製造される。テンペと同様の発酵技術は、アジア各国で共通しており、本ワークショップはアジアの日常生活にあるバイオエンジニアリングを実践的に学ぶ機会として企画された。(会場:バンコク芸術文化センター(BACC))

畠中:アートの領域で活動する場合、その収入源も気になるところです。皆さんは、どのように生計を立てていますか。有料のワークショップを開催しているのですか。それとも作品を売ったりしているのでしょうか。

アクバル:生活について言えば、それはメンバー各自で異なります。僕の場合、ワークショップは趣味のようなもので、お金を稼ぐどころか自腹を切っています。だから、通常のワークショップでは参加者に素材を持参してもらいます。例えば、ヨーグルトをつくるワークショップだとすると、牛乳を持ってきて、という風に。もし予算が出ればワークショップを少しアップグレードしますよ。僕らが牛乳を用意できるので、手ぶらでも来てもらえますしね。

ティンビル:僕の家族ですら、Lifepatchの活動をよくわかっていないんです。お金はどうしてるの? アーティストなの? どうやって稼いでいるの? なぜ日本に招待されるの? とかね。彼らの理解を超えているんでしょうね。実際のところ、ジョグジャカルタは生活費がとても安いので、活動に回す時間が作れるんです。以前は3年もの間、アクバルと約週1回のペースでたくさんのワークショップを行っていました。アルコールを作るワークショップとか、様々な発酵技術に関するワークショップとか。どれもシンプルに挑戦できるものです。その後、ワークショップの内容を、農家にとって実践的に役立つものに変えたりもしました。だけど、いずれにしても僕らはお金儲けは不得意ですね(笑)。

アクバル:(笑)たしかに。栽培キットを販売するつもりが、結局無料で配ってしまったよね……。

インタビューに答えるアクバルさんの写真

ティンビル:そう、だから時間があれば別の仕事をしています。

アンドレアス:あとは助成をはじめ他のところから予算を回すこともあります。そうは言っても。実際のところインドネシアでワークショップをやる場合、参加費を5ドルにしたら、ほとんど誰も来ないんです。

ティンビル:来たとしても2.5人くらいかな(笑)。

アンドレアス:その場合、2人がお金を払って来る参加者で、0.5人はブラブラしに来た友達ね。ワークショップに参加してもお金を払わない(笑)。まあ、ジョグジャカルタでは、ワークショップが主な収入になることなんてありえないから。しかし海外では違います。
同じ内容のワークショップをオランダでやった時には、参加者が例の栽培キットを35ユーロで買ってくれました。2回やって、2回とも完売です。インドネシアよりも経済的にも技術的にも発達した場所で売れるなんて嬉しい驚きでした。さらに、このワークショップがきっかけで、オーストラリア政府からの招待もありました。当時の僕にしてみたら結構な予算をもらって、ワークショップと展示をしてほしいと頼まれたんです。豊かなオーストラリアで、彼らが「開発途上国」と呼ぶ隣国の僕にテクノロジーを教えろってどういうこと? とも思いましたが、最先端かどうかではなく、方法論の違いに関心を持ってくれているのかな、と。僕個人としては、そういった収入があり、さらにティンビルが言うジョグジャカルタの物価が安さで、生活できています。

インタビューの様子の写真

ティンビル:もともと生活のためだけにワークショップをやっているわけではありませんから。我々のワークショップに参加する人のほとんどは農家です。彼ら自身に自覚はないかもしれませんが、オーガニック肥料の作り方とか、そういう簡単な技術が、彼らには必要なんです。だけど、それを伝えるためだけに、彼らからお金は取れない。

アンドレアス:5ドルって言ったら農家は誰も来ないしね。

アクバル:だけど代わりに果物をくれるよ。

一同:(笑)

ティンビル:私見ですが、知識を伝えたり交換したりするには、実践的なワークショップが一番簡単なやり方のひとつなんです。同時に、我々の方法論、我々のテクノロジーの使い方の中で、僕が一番自信を持っている部分でもある。というのも、テクノロジーの汎用化に伴い、人々は日々の生活の中に様々なテクノロジーの使い方があることに気づき始めています。私たちが展開している発酵のプロジェクトや「Jogja River Projects」*7 で卒論を書いてくれた学生もいます。こうした意識は、ゆっくりですが着実に、ジョグジャカルタの社会に浸透しつつあります。

*7 Jogja River Projects(JRP)…2011年にジョグジャカルタの地域社会とのコラボレーションからスタートしたプロジェクト。都市部を流れる川やその水質をリサーチし、理解することを目的とした。川辺での社会活動、採水、分水嶺の調査等の様子を記録した。

畠中:そのようですね。Lifepatchの活動は、グループとしても個人としてもそうですが、アートと科学、テクノロジーがとても有機的に融合していると思います。ICCで皆さんの作品を紹介できるのを楽しみにしています。今日はありがとうございました。

Lifepatchの作品のモニターに写るアンドレアスさん、ティンビルさん、アクバルさん、聞き手の畠中氏

【2016年7月12日、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC] にて】


聞き手:畠中 実 (はたなか みのる)
1968年生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC] 主任学芸員。多摩美術大学美術学部芸術学科卒業。1996年の開館準備よりICCに携わる。主な企画には「サウンド・アート──音というメディア」(2000年)、「サウンディング・スペース」(2003年)、「サイレント・ダイアローグ」(2007年)、「可能世界空間論」(2010年)、「みえないちから」(2010年)、「[インターネット アート これから]―ポスト・インターネットのリアリティ」(2012年)など。ダムタイプ、明和電機、ローリー・アンダーソン、八谷和彦、ライゾマティクス、磯崎新、大友良英、ジョン・ウッド&ポール・ハリソンといった作家の個展企画も行なっている。

翻訳:湯浅し津(2dk Co., Ltd.)
編集:廣田ふみ、佐野明子(国際交流基金アジアセンター)
写真(インタビュー):丸尾隆一
撮影協力:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]、津田道子