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宗重博之――日本とベトナムの舞台芸術交流に向けた挑戦

Interview / Asia Hundreds


ASIA HUNDREDS(アジア・ハンドレッズ)」は、国際交流基金アジアセンターの文化事業に参画するアーティストなどのプロフェッショナルを、インタビューや講演会を通して紹介するシリーズです。 文化・芸術のキーパーソンたちのことばを日英両言語で発信し、アジアの「いま」をアーカイブすることで、アジア域内における文化交流の更なる活性化を目指しています。

ベトナム滞在のきっかけ

羽鳥嘉郎(以下、羽鳥):1年滞在されてどういうことを肌で実感されましたか。

宗重博之(以下、宗重):その前に、1、2週間滞在したときは全然感じなかったのですが、長期滞在していると、この国は世界でも数少ない社会主義国家だということがわかってきました。「演劇とは何か?」、「なぜ演劇をするのか?」なんてそれほど問わないで演劇に関わっている人たちが意外と多いっていうのに気付きました。本質的には政治や社会の問題に触れないというのが社会主義の体制なので、かなり表現というものが制約されているというのは感じましたね。

羽鳥:1、2週間の滞在では、そういう難しさであるとかは、感じられてなかったと。どうしてそこで、1年間思い切って行ってみようと思われたのですか。

宗重:まず、ベトナムの演劇というものが日本で紹介されてない。私はこれまで黒テントで「アジア演劇」に関わってきました。その中でフィリピン、タイ、インド、インドネシアなどに足を運んで、そこの演劇人たちと交流を重ねてきたわけですが、どうしたわけかベトナムは外れていたんです。
直接のきっかけは、2014年に国際交流基金が主催したベトナム舞台芸術関係者の招へい事業*1 で、ベトナム青年劇場からやってきた十数名と初めて出会い、ベトナムに惹かれた、というのが大きな理由です。それがきっかけで、長期滞在してみようと決めました。

*1 国際交流基金では2013年度から2017年度の5ヵ年にわたってベトナム舞台関係者の人材育成事業を実施している。2014年にはベトナム青年劇場の俳優、舞台技術者を中心に15名を4ヵ月間にわたって招聘し、日本の舞台関係者との交流及び劇場等での研修を行った。その成果の一部は、KAAT神奈川芸術劇場での小野寺修二(カンパニー・デラシネラ主宰)演出による公演『WITHOUT SIGNAL(信号がない!)』(2017年9月)で発表された。

羽鳥:その招へい事業でベトナムから来られた方とどういうふうに出会われたのですか。

宗重:ちょうど黒テントが公演の準備をしているときでした。黒テントの稽古場にみんなを連れていって、黒テントの演劇がどういうものかをお見せしました。それと同時期に、私と舞踊家のケイタケイさんで『西遊記のアジア』を企画して、その稽古をやっていたときだったので、そこの稽古場にも招待したんです。すると連日見に来られるわけです。十数人が、じっと黙って稽古を見ていました。「この人たち面白いな」と関心を持って、彼らがベトナムに帰られるときに私はそのまま追い掛けていって、ハノイに1週間滞在しました。70年代からずっと関心を持っていたが、入り込むきっかけがなかなか見つからなかったところに、たまたま彼らがやって来たということなのかもしれないです。

アジアハンドレッズインタビュー中の宗重博之氏と羽鳥嘉郎氏

「演劇は必要なのか」を問い続けている

宗重:私が1977年に黒テントに入ったとき、黒テントはアジア演劇というテーゼを掲げて活動し始めていたときだったんです。
70年代のアジアは激動の時代でした。ベトナム戦争が75年に終わって、カンボジアに侵攻したのが78年です。タイでは76年に「血の水曜日事件」と呼ばれる軍事クーデターがおきました。フィリピンもマルコス大統領の独裁政権で、大混乱でした。だから演劇が必要とされていた時代だったんです。

羽鳥:演劇が必要とされていたというのは、どういった意味合いですか。

宗重:それについては、PETA*2 との交流から学んだことをお話したいと思います。78年から私たちはPETAというフィリピンの演劇団体と出会って交流を始めたんですが、なかなか共同で創作するには至らなかった。何をやっていたかっていうとお互いの国や集団に関心を持ち合って、会議やメソッドの交換を積み重ねていました。演劇とは何だろう、演劇は必要なのかというのを、ずっと議論をしていました。20年間そういう関係を重ねていたんです。
今もそうですが、演劇は本当に必要なんだろうかっていうのは、常に問いつつやっています。私は演劇を媒体として人と交流をするという方法をPETAから学びました。それが有効だと実感しています。演劇はなくても生活はできるし、必要ないという人もいます。しかし、演劇の道を選んだ以上は、そこに必要性を見つけていかないといけない、というのが正直なところですね。

*2PETA(Philippine Educational Theater Association=フィリピン教育演劇協会)。1967年に非営利の演劇団体として設立。社会的な題材をテーマとしたオリジナル作品の公演とともに、地域に入って、民衆の側に立ち、そこの問題を掘り起こし、それを歌や劇で表現することを指導する活動もしている。国際交流基金による国際交流奨励賞(2005年度)受賞。「アジアのノーベル賞」とも呼ばれるラモン・マグサイサイ賞(2017年度)受賞。PETA公式Webサイト(英語)

インタビューに答える宗重博之

 

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