ASIA center | JAPAN FOUNDATION

国際交流基金アジアセンターは国の枠を超えて、
心と心がふれあう文化交流事業を行い、アジアの豊かな未来を創造します。

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スティラット・スパパリンヤー――ドアをたたくこと

Interview / Asia Hundreds

コラボレーションと発表の場を提供

ACSのヴィジョン

藤岡:芸術や文化と言ったとき、その意味することは多岐にわたります。アートが、思考の輪郭を押し広げる前衛的な運動で、不快感を伴ったり途方もなく怪しかったりすることもある。他方、「食文化」と言われるものは、日常生活に近く、人に癒しを与えます。あなたにとって、ACSのヴィジョンとはどんなものですか? あらゆるアートを包含する場所ですか、それとも挑戦をつきつけるギャラリーですか? 文化のキュレーションに関わる全ての人が直面する問いだと思います。広く大勢の観客にアピールすることと、体験の深さを追求すること。そのバランスはどう考えたらいいでしょう? 私はこのジレンマにいつも悩まされますが、昨今のキュレーターは誰もがそうでしょう。

ソム:私たちは現代アートのシーンを見つめ、何が欠落しているかを確認します。欠けているものが提供できれば、シーンをより良くできると考えます。相互交流とコラボレーションを目的とする国際交流基金アジアセンターとは、おかげで一致しています。地元チェンマイの影絵芝居の公演が成功しました。長年続けていた影絵自体はとても良かったのですが、それまで音楽は他所の音源から借りてきていました。私は昔から「自分たちで作曲したら?」と言ってましたが、去年、日本か東南アジアのミュージシャンとコラボして新作を作ることを提案しました。音楽を生演奏で公演するのは初めてだったようでした。ミュージシャンも劇団も期待以上で大変満足していました。それは彼らにとって新しいテーマとなり、コラボを続けたいと言っています。私個人としては、そんな具合に、こういうタイプの動きを生み出したいと考えています。異なるキャリアや実践をしてきた人たちが協働するということ。違う実践や文化にまたがった創作です。

チェンマイの影絵芝居の公演の写真
photography by Atikom Mukdaprakorn

藤岡:異なる人種、ジャンル、芸術形態がコラボレーションする可能性を示す例ですね。

ソム:伝統芸術や工芸は政府や一般社会が既に十分支持してますので、私たちとしては現代アートの実践に力を尽くしたい。さらに先を臨み、あと数歩先を歩み、若い世代がアクセスできなかった発表の場や知識を提供していきたいです。

アーティストにとってACSの役割

藤岡:アーティストにとってACSはどういう役目を持つのでしょう?

ソム:私たちは、アートの実践に興味をもち、もっと真剣に取り組みたいと思っているすべての人のために新しい道を開きます。例えば今、美大を卒業したばかりの若いアーティストのためにワークショップを始めようとしています。履歴書の書き方の基本、ポートフォリオの作り方、企画書の書き方。アーティストとしては、そういう基本的なスキルが必要なのに、学校では教わることはありません。そこから始め、ワークショップを通して自前でプロジェクトを立ち上げる実践に移ります。どこに応募したらいいのかを調べさせたり。そして、若いアーティストの展覧会の企画案を募集します。作品と作家の選考にはキュレーターを招き、その選出理由も解説してもらいます。キュレーターの仕事を学びたい若い人たちに手をあげさせ、キュレーターの補佐と共同作業をする機会を与えます。つまり、最初はすべての人に基本的なスキルを提供し、次に選抜していくプロセスです。

藤岡:空間を分かち合い、話し合いを共にし、新しい可能性を提案する協働的な発想は、競争の激しいアーティストの世界ではとても特別なことに思えます。コミュニケーションやコラボレーションで摩擦が起きたことはありませんか?

ソム:チェンマイ・アート・カンバセーションは実はゆるい組織です。プロジェクトごとに、参加メンバーが違います。興味があれば参加し、なければ参加しない。いつでも柔軟性のある集団なんです。最初は十人ほどいましたが、次第に人数が減ってきました。楽しいことばかりではないですから。

藤岡:結構な仕事量ですよね。

ソム:仕事も締め切りも厳しい。今は人数が減って、3人に、ときおり2人が加わってやっています。でも幸いなことに、私たちの活動のおかげで周囲のコミュニティが拡大しています。将来的には、イベントに参加するだけでなく、一緒にやってくれる人たちを育てることができることを願っています。

土壌をかためる

文化スぺースのネットワーク

藤岡:国際交流基金アジアセンターはヤンゴンとホーチミンにACSと類似した文化スペースを持っています。チェンマイと違って、ヤンゴンの「ふれあいの場(ジャパン・カルチャー・ハウス)」は日本語の勉強と日本文化の紹介が中心のようですね。商業街に位置しているから会社勤めの人には便利ですが、旅行者やアーティスト・コミュニティにはそうでもない。ヤンゴンとホーチミンのスペースの感想を聞かせてもらえますか?

ソム:私の理解だと、ヤンゴンに国際交流基金の事務所がない*2 ので、スペースでは日本語や伝統文化など基本的な日本紹介をしています。日本についての理解や学びの出発点なのです。それは良い方法です。チェンマイでは、大学やその他で、日本語や日本文化を学ぶ場がたくさんあります。ヤンゴンでも人々の理解が進めば、次のステップに日本とのコラボや交流に移るかもしれません。

*2 2018年、国際交流基金アジアセンターによりヤンゴン日本文化センター設立予定。

藤岡:そしてホーチミンは?

ソム:ホーチミンはヤンゴンとは違います。既に東南アジアと日本とのアート・ネットワークが屈強です。運営方針での私たちとの違いは、一般社会を相手にしている点です。例えば、アーティストに働きかけるのは学校の壁画を描いてもらうためだったり、公設市場でアート作品の展示を手配したり。つまり彼らのイベントは必ずしも芸術についてではない。ベトナムでは、厳格で批評的なアートを前面に出さない方が、事業の取り組み方として正解なのかもしれません。対して私たちACSでは、アート・シーン自体を実践的に改善する目的で直接対話をやりたいのです。アート・マネージメントやキュレーション、企画書書き、パフォーマンス、映画制作や美術のさまざまな実践者やコミュニティとつながりたい。交流とコラボレーションを通したパブリックな教育が主たる目的です。明解なメッセージをもって対話を生みたいと思っています。

藤岡:チェンマイのACSは、地元のアート・シーンで有機的に生じている状況を元に、他のスペースと比べると協働性の強いアジェンダを掲げているようですね。

アート・シーンを前進させる

ソム:今重要なのは、インフラを整備するための土壌固めです。私たちだけでなく、チェンマイの市民やタイ全土の人たちも。各自が地元のコミュニティのため、自分たちの実践のために働き始めたら、その前進は大きな進歩につながります。アート・コレクター、ライター、アート・マネージャー、キュレーターの新しい人がたくさん出てきています。彼らのキャリアが成熟すれば、アート・シーン全体が豊かになります。土壌固めを実現し、アート・シーンを押し進め、皆が努力をするよう促し続けなくては、うまく運びません。

藤岡:あなたの活動はまさにその促進運動ですね。私は、東南アジア6週間のフェローシップ*3 で、各地でアーティストや映像制作者たちが新しいコミュニケション・ツールやソーシャル・メディアなどの新技術を積極的に活用していることに気づきました。ネットにあるさまざまな情報に対して好奇心が強く、自分たちの役に立てていました。日本の若者たちのように、棚からボタモチを黙って待っているのではない。飢餓感と欲望がずっと強い。

*3 国際交流基金アジアセンターの平成28(2016)年度のフェローシップを獲得し、タイ、カンボジア、ラオス、ミャンマーにて映画製作・上映のコラボレーションを育成する事業を実施。http://grant-fellowship-db.jfac.jp/fellow/fs1608/

ソム:同感です。私は常に若い世代に対して、「バンコクに頼るな」と言い続けなくてはいけないと思っています。「展覧会に招かれるのを待つのではなく、積極的にプロジェクトやレジデンシーなど自分のキャリアを前進させる機会を探し出しなさい」と。既存の状況に盲目的に従うのではなく、自らが動いていかなくては。

藤岡:ソムさん自身の態度がその模範ですね。少女のころから、自分の運命を変えるために幾つものドアをノックしてきました。強く押さないとドアは開かないのですから。

ソム:そして戦わねば!

スティラット・スパパリンヤさんと藤岡朝子氏の写真

2017年7月3日、国際交流基金にて
*本インタビューは英語で行われました。本稿はその和訳です。

「ふれあいの場」について(外部リンク:英語)

Asian Culture Station 公式Webサイト(チェンマイ、タイ)

Japan Culture House Facebookページ(ヤンゴン、ミャンマー)

Asian In/Visible Station 公式Webサイト(ホーチミン、ベトナム)


インタビュアー: 藤岡朝子(ふじおか あさこ)
映画配給会社を経て1993年より山形国際ドキュメンタリー映画祭のスタッフに。2009〜2014東京事務局ディレクター。2006年より韓国釜山映画祭のANDプログラムと助成金のアドバイザー。アジアのドキュメンタリー映画『長江にいきる』『ビラルの世界』を日本で国内配給し、アジアの映像製作者の合宿型ワークショップの連続主催を続ける。日本のドキュメンタリー映画『祭の馬』『三里塚に生きる』『 FAKE』等の海外展開プロデューサー。