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カーステン・タン――『ポップ・アイ』ゾウと人間の物語に至るまでの道のり

Interview / Asia Hundreds

ロヒンギャ問題をテーマにした『Dahdi』

土田:『ポップ・アイ』の前作『Dahdi』(短編作品)で、タン監督はロヒンギャの問題を描いています。今年の東京国際映画祭コンペティション部門で上映されたエドモンド・ヨウ監督の『アケラット-ロヒンギャの祈り』でも題材にしていたように、東南アジアの国々でロヒンギャが大変問題視されていると思いますが、タン監督はなぜ映画化しようと思ったのですか?

タン:この問題の背景を少し説明すると、ロヒンギャは仏教国であるミャンマーに住む宗教的少数派のムスリムで、ひとつの民族として認知されていないのが問題となっており、彼らが抹消される形で虐殺されているという現実をミャンマー政府は否定しています。東南アジアに住む人々にとっては現実的に目の前で起きている問題でありますし、国連や海外のメディアでも取り上げられているように世界的な問題となっていますよね。
この短編作品では、2012年に実際に起きた事件を基にしています。ロヒンギャの難民が乗る船が難破し、貨物船に助けられてシンガポールの沖合に着いたのですが、シンガポール政府は食糧やシェルターの提供、ケガや病気の手当もすることなく、そのまま船を追い返したのです。シンガポールには難民保護の政策がそもそもないので、法律的に追い返すほかない。たしかにそれは法律的に正しいけれども、道義的な責任と法律的な責任の境界線とはどこなのか、この映画で問いたかったのです。

土田:では、この事件に興味を持って映画化しようと思ったのですか?

タン:私はこのニュースをニューヨークでの報道で知ったのですが、シンガポールでどのように報道されているのか調べたら、ほとんど報道がされていないことを知り、愕然としました。でもこれを映画化する際には、政治色を薄めてもっと親しみのあるものにしようと考えました。だから、おばあさんを主人公にして、もし自分の家に難民が助けを求めてきたら、あなたは警察に突き出すのか、それとも手を差し伸べるのか分かりやすく問いかけ、観た人すべてが自分に問いかけてもらいたいと思いました。

映画のスチル画像
カーステン・タン『DAHDI』スチル(2014年)

象との撮影に挑んだタイ・シンガポール合作『ポップ・アイ』

土田:『ポップ・アイ』は、かつては有名な建築家だった中年男性が会社で必要とされてないことに気づき、ある日、幼少期に出会ったと思った象と一緒に生まれ故郷へ旅をしていくロードムービーです。今回、主演を務めたタネート・ワラークンヌクロさんもいらっしゃっているので、一緒にお話を伺います。タン監督は、タネート氏をオーディションで選んだそうですが、同氏がタイで非常に有名なシンガーだったことはご存じでしたか?

タン:タネート氏が音楽をやっていた時のことは知らないのですが、オーディションの前にたくさんリサーチをしたので、オーディション時には彼のことをよく知っていました。実は今回、タイの小説家で映画監督のプラープダー・ユン氏(『現れた男』)から彼を推薦してもらったんです。

土田:監督にとって、タイでの撮影、タイ人の俳優と仕事をするうえで難しいことはありましたか?

タン:合作という以前に、初めて長編作品を監督するのは誰にとっても難しいものだと思います。特に、自分よりはるかに年上で、経験豊かなスタッフに自分のビジョンを伝え、信用を得るのはとても難しいこと。でも、それは誰しもが通る道なので、こらえて立ち向かうしかないですよね。人は成功例を信用して、誰かについていこうとしますから。幸い、本作は映画祭で好評を得ているので、次回作はもう少し楽になるかなと思います。

土田:一方、タネート氏にとっては30年ぶりの演技で、シンガポール人監督の初長編映画への出演ということですが、演じるうえで困難はありましたか?

タネート・ワラークンヌクロ(以下、ワラークンヌクロ):この役を引き受ける前に監督にたくさん質問をしたので、実際の撮影で難しいことは全くありませんでした。私自身、役者ではありませんし、どうやって演じるのか知らないので、ただ物語から感じたことを自分なりに出していくというか、脚本やストーリーからすべて理解して、物語の中に自分を置くようにしました。強いて言えば、その理解を深めるプロセス、監督との理解を深めるプロセスは難しかったかもしれません。

映画のスチル画像
カーステン・タン『ポップ・アイ』スチル(2017年)
(C) Giraffe Picture Pte Ltd, E&W Films, A Girl And A Gun 2017

土田:象を全然怖がらないという理由で主演に選ばれたとも聞きましたが、実際の撮影はいかがでしたか?

ワラークンヌクロ:実は、幼少期に小象に攻撃されて怖い思いをしたことがあり、実際にはじゃれていただけだと思いますが、子供の頃は恐怖でした。そのことをすっかり忘れていたのですが、撮影現場で初めて象に会った時に、その思い出が少しよぎりました。ただこの象はとても優しくて、きちんと躾されていたので、2週間ずっと一緒に過ごす中で、いい友達になりました。ただひとつ気を付けなければいけないのは、どんなに仲良くなっても、ふたりきりで一緒にいてはいけないということ。必ず象使いと一緒にいないとダメですよ。

土田:監督は、最も大きな動物である象を撮影するのはさぞかし大変だったかと察しますが、いかがでしたか?

タン:もちろん撮影が大変なことは想像していたので、事前にリハーサルをたくさんしました。タイにあるスリンという象で有名な町で、実際にポーン(本作に出演する象)が生まれた町にプロデューサーと助監督と私で赴き、象使いの方たちと色々相談して、リハーサルでは実際に歩いて色々な動きをしてもらい、どんな手順で撮影するか決めていきました。
さらに、タネート氏と2週間一緒に過ごしてもらったので、撮影が始まる頃には象は自分が何をするのか大体見当がついていたと思いますし、撮影の中盤頃には自分が俳優としてこの映画に出ていることを認識していたようでした。私たちも象の記憶力には驚かされました。