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「インドネシア未来図~女性映画人は語る」シンポジウム

Symposium / 第29回東京国際映画祭

インドネシアにおける女性の立ち位置

松下由美(以下、松下):それでは、登壇者の皆さんにご挨拶を兼ねて、自己紹介をお願いします。メイスクさんからお願いします。

メイスク・タウリシア(以下、メイスク):プロデューサーのメイスク・タウリシアです。今回の東京国際映画祭(TIFF)では、私がプロデュースした『舟の上、だれかの妻、だれかの夫』(エドウィン監督/2013)と『ディアナを見つめて』(カミラ・アンディニ監督/2015)の2作品が上映されます。

メイスク・タイリシア
©2016 TIFF

松下:メイスクさんは、2012年のTIFF「アジアの風」部門の「インドネシア・エクスプレス〜3人のシネアスト」で上映されたエドウィン監督の2作『空を飛びたい盲目のブタ』(2008)、『動物園からのポストカード』(2012)もプロデュースされています。国際映画祭に出品されるようなインドネシアのアート映画、インディペンデント映画にも、大変明るい方でいらっしゃいます。

カミラ・アンディニ(以下、カミラ):映画監督のカミラ・アンディニです。TIFFは2度目で、今回は『ディアナを見つめて』という短篇が上映されます。初めてTIFFに来たのは2011年で、私の長篇デビュー作『鏡は嘘をつかない』(2011)が「アジアの風」部門で上映されました。

松下:その年のTIFFで、『鏡は嘘をつかない』は、環境や自然と人間の共生をテーマの作品を対象としたTOYOTA Earth Grand Prixを受賞したんですよね。カミラ監督は、本日は小さなお嬢さんとともに登壇されていて、まさに本日のゲストにふさわしい方だと思います。それでは、モーリー監督、お願いします。

モーリー・スリヤ(以下、モーリー):モーリー・スリヤと申します。監督で、脚本も書いています。今回は、私の最初の長篇『フィクション。』(2008)で来ています。初めてのTIFFは2013年で、そのときは長篇2作目『愛を語るときに、語らないこと』(2013)で参加しました。

ニア・ディナタ(以下、ニア):映画監督で、若手監督のプロデュースもしているニア・ディナタです。TIFFには、プロデューサーとして関わったジョコ・アンワル監督のデビュー作『ジョニの約束』(2005)や、私の監督作『分かち合う愛』(2006)等で、これまで何度か来ています。今回は監督作『三人姉妹(2016年版)』で参加しています。

松下:さっそくディスカッションを始めます。このシンポジウムのタイトルが「女性映画人が語る」であること自体、やはり女性はマイノリティなんだなと逆に印象づけてしまう側面もあるのですが、ここ数年、インドネシアの女性映画人の躍進は非常に目覚ましいものがあります。映画業界に限らず、活躍する女性が多くなると、たとえば女性が上司になると残業が減ったりして、社会全体にとってもいいことがあるかもしれません。まずは、映画業界で起きている変化から、具体的なお話を伺いたいと思います。

ニア・ディナタ
©2016 TIFF

ニア:インドネシアの女性映画人、今ここにいる私たちはみんな友達なのですが、自分たちはインドネシア社会の中で以前よりマイノリティになっていると感じます。たとえば、大学で自分の映画を上映することがあります。映画館に行くアクセスを持っていない学生もいるので、大学での上映は私自身とても好きなのですが、2003年と2016年の今では、背景がかなり違ってきています。2003年のインドネシアはとても開放的で、表現の自由の黄金時代でした。ところが特にこの2年ぐらいで、大学で学ぶ女子学生でさえどんどん保守的になってきています。女性の服装にもそれが顕著に現れていると思います。大学の大教室に足を踏み入れると、学生たちの中で私はマイノリティになってしまうんです。それは、私がムスリムなのに、髪を隠していないからです(もちろんその場にいる全員がムスリムではありませんが。)映画について話すことができなかったら、私は社会のマイノリティになってしまうんです。映画業界にいる限りは意識することはありませんが、現実世界ではマイノリティだと痛感します。ここにいる他の女性映画人も、少なからず似たようなことを感じているのではと思います。

松下:モーリー監督は、たしか大学で教えていらっしゃいますが、どのようにお考えですか?

モーリー:私もニアと同じように、自分がすごくマイノリティだと感じます。家族の中でさえもです。私には4人姉妹がいますが、みんなヒジャブ*1 を身につけています。娘が通っているイスラム系の小学校では、髪を隠していない母親は私だけです。大学では1年前まで教えていましたが、新しい世代の女性はすごく大変だと思います。女性は、小さい頃から家族の稼ぎ手になってはいけないと教えられるからです。たとえば私が離婚したら、法律上、そして宗教上、(父はもう亡くなっていますので)私は男性である兄に「属する」ことになります。そういうメンタリティで学生たちは育っているので、例えばそういう考えから逸脱することはとても勇気がいると思います。

*1 頭髪を隠すベール。