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新進気鋭のシンガポール人映画監督、ブー・ユンファン インタビュー

Interview/第29回東京国際映画祭

国際共同製作になった背景

― 『見習い』は、製作がシンガポール、ドイツ、フランス、香港、カタールで、出演者やスタッフも多国籍と実に国際的です。この国際的なプロジェクトをどのようにしてスタートさせ、展開していったのでしょうか。

ブー・ユンファン(以下ブー):今作の内容はデリケートな事情をもたらすと思っていたので、最初からシンガポールだけに頼ったファンディングは難しいなと予想していました。ですが、プロデューサーがさまざまなネットワークを持っていて、一生懸命に仕事をしてくれました。とても良いチームだったと思います。まず、香港は、プロデューサーが以前に一緒に仕事をしたパン・ホーチョン監督が脚本をとても気に入ってくれて出資を決めてくれました。次に、ロッテルダムの国際映画祭のシネマートで発表して、ドイツとフランスからファンディングを受けること出来ました。カタールは、ドーハのフィルム・インスティテュートよりポストプロダクション費用の提供を受けられるプログラムに申し込み、最終的には5カ国になったということです。

― 今作では、先輩執行人のラヒム役はマレーシア出身の俳優ですが、どのようにして見つけたのですか。

ブー:キャスティングは対象を広くしようと思っていまして、特に主演級俳優の人種は設定していませんでした。中華系、インド系、マレー系とさまざまな俳優を考えました。シンガポールやマレーシアのクアラルンプールでも探しました。その後、オーディションをしましたが、探しているような適任者が見つからなかったんです。ですので、クアラルンプールでキャスティングディレクターと、ある程度年配の俳優が出ているマレーシア映画のDVDを買い、ホテルに帰って全作品見ました。そこで、デイン・サイード監督の『ブノハン』に出演していたワン・ハナフィ・スーを見つけたわけです。

― キャスティングにかなりご苦労されたんですね。

ブー:ええ。ワンはクアラルンプールではなく北部の村に住んでいるので、一旦戻って出直す必要がありました。しかもワンはパスポートを持っていなくて(笑)。最終的にワンがラヒム役に一番適任だなと思って、彼のパスポートを取ってシンガポールに来られるようにしました。

映画監督 Boo Junfen(ブー・ユンファン)

― 各国から製作資金を得る際には、どのような困難があったのでしょうか。

ブー:シンガポールのファンディングによって同国内で使う経費の4割は補填してくれるので、残りの6割を自分たちで調達しなければなりませんでした。ただ、シンガポール国外で撮った分は含まれないので、結局全体の“4割”にはならないんです。商業映画の製作会社のように資本があれば何とかなりますが、私のようなアート系の映画の場合は他に頼らざるを得ません。だから私はいろんな国でファイナンシングを探していたということもあります。ちなみに、刑務所の撮影はオーストラリアで行いました。

― 製作国にオーストラリアは含まれていませんね。

ブー:オーストラリアのファンディングには、製作予算が小さすぎて申請できなかったんです。ですので、オーストラリアでの撮影にはドイツとフランスからの資金を充てました。

映画監督 Boo Junfen(ブー・ユンファン)

アート系映画に対する認識を変えたと思う

― 『見習い』はシンガポールでも一般公開され、高評価だということでした。同作は観客に疑問を投げかけ、考えさせることを促す映画だと思いますが、エンターテインメントに重きを置いたメジャーな作品だけではなく、『見習い』のような映画も受け入れられるということは、シンガポールの観客が成熟し、より多様な映画を求めているということなのでしょうか。

ブー:高評価ということでいうと、みんなが努力をして頑張ったからだと思います。マーケティングはかなり考えてやりましたし、戦略もかなり立てました。あえて、7スクリーンという少ない劇場で上映しました、これはシンガポールでいうと中規模です。ただ、結果として8週間上映されたという実績は嬉しく思いますし、観客も良い意味で驚きを受けていました。メジャーな映画を好む観客でも十分理解できる内容ですし、アート系映画に対する認識を変える作用もあったかなと思います。

― 一般的に、シンガポールの観客はメジャーな映画ばかりを見るということですか。

ブー:シンガポール人は英語を話しますから、ハリウッド映画がたくさん入ってきますし、アメリカと同時公開が可能なわけです。香港映画を好きな人もいるし、インド映画や日本映画、韓国映画も結構入ってきます。国産映画を守る制度もないので、同じ土壌で戦わなくてはならないんです。

2つの顔を持つ同氏の行方――

― 監督は2013年のシンガポールビエンナーレへの参加など、映画分野だけでなく美術作家としてもご活躍されています。映画、美術それぞれで作家性を使い分けているのでしょうか。それとも、製作しているものは同様で、発表の場が異なっているだけということでしょうか。

ブー:美術作家になったのは偶然みたいなところもありますが。長年アーティスト活動をしている方が私のデビュー作『Sandcastle』を見てくれまして、私にギャラリーのための作品を作ってみたらどうかと誘ってくれたんです。すごく興味を持ちまして、というのも制約がないんです、何をやってもいいと。そこで、シンガポールビエンナーレのために《Happy and Free》というビデオ・インスタレーションを制作しました。来場者が実際に歌えるカラオケビデオです。アートの世界では映画的な手法である必要はないし、実験的なことも出来るので、可能性が広がりました。映画的なアイディアは映画という方向に持っていけるし、より抽象的なものはギャラリーという空間が適しているのかなと思います。

― 美術作家としての今後の活動は何か予定されていますか。

ブー:香港の作家と共同で作品展を予定しています。やっぱり自分にとっては映画が中心にあるのかなとは思いますが、他方でアートに関してはいろんなことをやってみたいという気持ちはありますね。


2017年7~10月に国立新美術館、森美術館にて同時開催される「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」(主催:両美術館、国際交流基金アジアセンター)では、インタビューの中でブー氏が触れている《Happy and Free》を展示予定です。また、1月22日及び29日には、同展のプレイベント「映画から見るシンガポール・マレーシアのアイデンティティ」を開催、初の長編作品『Sandcastle』とヤスミン・アフマド監督の『細い目』を上映します(22日は展覧会キュレーター等によるトークショーあり)。上映時刻など詳細は、以下の国立新美術館のサイトをご覧ください。
http://www.nact.jp/10th_anniversary/#concurrent

*「サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで」及び同展のプレイベントでは、ブー・ジュンフェン監督と表記しております。


通訳:松下由美
聞き手:村田裕子(国際交流基金アジアセンター)
構成・写真:田中晴輝(国際交流基金アジアセンター)