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自分を外国人にする経験

私は日本の公立高校で、30年以上教師として働いてきました。私が住んでいた静岡県浜松市は、80万人の人口のうち2万人以上、住民の40人に1人が外国人という土地でした。学校でいうと、クラスに一人、必ず外国人がいる、という状況ですね。従って、授業で外国籍の子を教えることは珍しくなく、インターナショナルクラスの担任をしたこともありました。

そんな関係で、定年退職を機に、浜松国際交流協会ほか、市内の複数のボランティア団体に所属して、外国人の日本語学習支援活動に協力してきました。浜松市には今も2万人以上の外国籍の人々が生活しています。2万もの人がいて、しかもそれぞれひとりひとり、なぜ今ここにいるのかという理由は様々でした。しかし唯一確かなことは、一度しかない己の人生を、今ここ日本で歩んでいる、という事実でした。老若男女を問わず、です。

それまで、私にとっては、日本に住む外国人が日本語を学ぶことは、ごく普通の当たり前のことと考えていましたから、「日本で暮らしていくうえで、これだけは覚えてくださいね」というスタンスでした。しかし、それまで日本以外の国で長く生活したことのない自分の常識が、果たして絶対に正しいものなのかを確かめてみたくなりました。以上が、昨年、この日本語パートナーズのことを知り、応募したきっかけです。

派遣されたのは、タイ東北部イサーンの田舎町です。その町サトゥックに住む日本人は、私だけです。61歳にもなってから、自分が外国人になって、初めて知ることの連続でした。自分が外国人として突き放されるのは、初めての経験です。一人で市場に買い物に行って、真っ黒に日焼けした男性に、早口のイサーン語でからまれたときには閉口しました。

ですが、立場を変えてみれば、タイの田舎町の市場の片隅で、慣れないタイ語で悪戦苦闘している私は、日本で暮らす外国人の暮らしを追体験しているに過ぎないともいえるでしょう。そんな経験をした後で、ふと「あのとき日本で、外国人の〇〇さんに、もっとやさしく言ってあげればよかったかなぁ」などと思います。

活動の様子の写真1
活動の様子の写真2
活動の様子の写真3
活動の様子の写真4
Writer
タイ ブリラム
上竹 明夫さん

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