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“日本語パートナーズ”に聞く! 東南アジアで出会った日本人

インドネシア、ベトナム、マレーシア

■“日本語パートナーズ”はどんな日本人と出会っているのでしょうか?

東南アジアでの出会いは、現地の人々だけではありません。日本人の少ない地域では、悩みや解決したい問題などが共通していることも多く、同じ日本人に出会うとうれしい気持ちになります。異文化に囲まれた海外では、ちょっとした出会いがその後まで続くご縁になることもあります。どのような出会いがあったのか、聞いてみましょう。

flag_indonesia インドネシア:ジョグジャカルタで出会った関西人

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桝井 理帆さん (派遣先:インドネシア 西ジャワ州)

インドネシアで体験した二つのお正月を紹介します。

私が派遣されているチビノンでは日本人に会ったことはありません。 そんなチビノン暮らしの私が、初めて日本人に会ったのは派遣先校の修学旅行中でした。

ジョグジャカルタ、マリオボロ通りにある有名なお土産屋さん「ミロタバティック」で、私が猛スピードでバティックを選んでいた時です。隣に「日本人!?」と思われる女性が……でも、「バティック真剣に選んではるしなぁ。スケジュールが押していて、私も時間がないしなぁ」と、なかなか声はかけられずにいました。

その時「せんせーい」と、私の学校の生徒たちが、いつも通りの大きな声で叫びながらお店の中に入ってきました。すると隣にいた方も顔を上げ、「もしかして日本人ですか?」と声をかけてくれました。

話を聞くと、彼女もバンドンの大学で日本語教師として働いていて、ちょうどバリへの修学旅行の帰り道にジョグジャカルタへ寄ったのだそうです。何よりもうれしかったのは、同じ関西人だったこと! 普段、学校ではなるべく標準語を話すようにしているので、久しぶりのネイティブな関西弁にうれしくなり、思わずいつもより強めの関西弁で話してしまいました。お互い修学旅行中で時間がなく、話をしたのはほんの数分。それでも年も近く共通点も多かったため、すぐに連絡先を交換して別れました。

そして後日、バンドンで再会を果たします。日本語教師の話、インドネシアの話、宗教の話、やっぱり話はつきません。私は、翌週帰国、彼女も翌週に一時帰国の予定なので、次の再会は、地元関西になりそうです。まさかインドネシアで日本人の新たな友人が出来るとは思ってもいませんでした。“一期一会”を体感した、素敵な出会いに感謝しています。

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 バンドンのオシャレなカフェにて再会

 

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チビノンの街並み

 

flag_malaysiaマレーシア:現地の日本人は、みな知り合い!?

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森田 倫代さん (派遣先:マレーシア ジョホール州)

私の住んでいるマレーシア、ジョホール州バトゥパハには日本人が少ないらしく、住んでいる日本人はみなさんが知り合いです。ですので、1人の日本人と友だちになると、どんどん別の日本人を紹介してもらえ、私はバトゥパハの日本人にほとんどお会いしていると思います。

<その1:心強い存在> その中でも、1番お世話になっている方を紹介します。 彼女は、中国系のマレーシア人のご主人と日本の会社で知り合い、今はご主人の地元であるバトゥパハで住んでいます。彼女はいつも私にとても良くしてくれ、「困ったことがあったら、いつでも呼んでね」と言ってくれる頼もしい存在です。 ご主人も日本人のように日本語がペラペラ。7歳の息子さんは、日本語と中国語とマレー語と英語がペラペラです。

彼女のご主人は中華学校の数学の先生。私の趣味は空手ですが、私が派遣されている学校には空手部はないことを話すと、ご主人がその中華学校の空手道部を紹介してくださいました。今、私はその高校にある空手道部で空手を教えています。現地の空手の先生は指導の中で、日本語も使っていました。こんなところでも、日本語が使われているなんて!

空手の後は、なんと!彼女と一緒に中国語のレッスンを受けています。指導者は、彼女の息子さんです。旦那さんと息子さんは中国語を話せるのに、彼女は話せません。「神様に感謝している。今まで、中国語から逃げてきたけど、あなたのおかげで、中国語を習うきっかけができたから」と言ってくれました。

ちなみに、バトゥパハはマレーシアの中でも、中華系、特に福建人が多いと言われています。日本語の生徒の半分は中華系ですし、中華系の生徒同士は、中国語(北京語)か福建語で会話をしています。マレー系の友だちと話す時はマレー語で、福建同士なら福建語で。混ざっている時は、華人の標準語である北京語で、インド系の生徒とは、英語とマレー語を混ぜて……すごい言語対応能力です! しかし、中国語の授業を受けていない場合は、書くことはできない場合が多いようでした。反対に、日本人の私は、中国語の漢字をみて意味を理解することはできますが、発音ができません。

このように、彼女との出会いによって趣味の空手を生かすことができ、さらに現地でも多く使われている中国語にも触れることができています。実は最初は、マレー語を覚えたいという思いから、もし日本人と会っても仲良くすることは控えようと思っていました。でも、困った時、いつでも日本語で助けてくれる人がいることはとても心強いことです。

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 バトゥパハで唯一の中華学校にある空手道部。日本語で号令をかけます!

 

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 彼女との出会いで、マレーシアでの生活がより充実したものになりました!

 

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 7歳の中国語の先生

 

<その2:いろいろな生き方> 「日本人がいるから、紹介してあげる!」と生徒に連れられて、ある教会に行きました。その教会にいた日本人の夫婦は、中国語を勉強するためにマレーシアに越してきたと言っていました。どうして中国語を勉強したいのか尋ねると、世界で1番話している人が多いからだそうです。

バトゥパハという地域を選んだ理由を聞いたところ、「日本人が少なそうで中国の勉強になるから」とのこと。ご夫婦は毎日いろいろな人の家を訪ねて、布教活動をしています。日本よりも治安が悪いマレーシアでは、簡単に玄関のドアを開けてくれないし、話も聞いてくれないそうです。それでも、勉強している中国語を使って、生活費が尽きるまでここにいたいとおっしゃっていました。

ちなみに、このご夫婦の収入は、夏に奥さんの実家である佐渡島で3カ月間観光客向けの仕事で得たものだそうです。 このような生活の仕方もあるのか、と勉強になりました。

flag_malaysiaマレーシア:マレーシアで出会った、すごい16歳!

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小山田 真弓さん (派遣先:マレーシア クダ州)

私は、マレーシアのクダ州の北部に位置する、小さな町・クバンパスにある全寮制の学校の敷地内に住んでいます。 現地で出会った「日本人」……日本人は私1人で、会うのは皆無です(笑)。 4月に行われたレジデンス(全寮制)のフェスティバルで、タイとの国境付近のプルリス州(私が住んでいる隣の州)に交換留学をしている1人の女子高校生と偶然出会いました。

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 レジデンスのフェスティバルの様子

 

まだ16歳の彼女。自らの意志で交換留学を仲介している民間の仲介業者を探し、未習得言語(マレー語)の国、マレーシアの学校へ1人でやってきたそうです。子どもを持っている私にとっては、留学に至った過程に興味津々。ぴんとアンテナが立ち、根掘り葉掘り聞いてしまいました。

現地ではホームステイをしていて、本当の娘のようにかわいがってもらっているそうです。授業はマレー語で受けていて、やはり少し大変なようですが、必死で勉強しているとのこと。

何度も言いますが、まだ16歳の彼女。なんと語学は英語、中国語を習得していて、空手、茶道もたしなむパワフルな女の子。 海外での高校生活を経て、将来どんな大人になるのか無限の力を感じ、楽しみです。

flag_vietnam ベトナム:ホーチミン市のすてきな日本語教師

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小池 拓也さん (派遣先:ベトナム ホーチミン市)

私が派遣されているホーチミン市は、ベトナムの経済の中心地です。世界各国からさまざまな人たちが旅行やビジネスとして、ここホーチミン市を訪れます。もちろん日本人も多くいます。地域によってはあまり日本人がいないため、「見かけた人が日本人だと思ったら声をかける」という話も聞きますが、ここでは、そんなことはめったにありません。

ホーチミン市での生活していく中で、もし日本人と交流が持ちたいのであれば、いわゆる日本人街と呼ばれるところに行けば、多くの日本人に出会えます。他にも、さまざまな日本人会も存在しているようなので、そこに参加してみるのもいいかもしれません。私は一度も参加したことがありませんが。

私はベトナム人の知り合いと時間を過ごすことが多く、日本人の方との付き合いはあまりありませんが、“日本語パートナーズ”の活動をする中で知り合った、1人の日本人女性について紹介したいと思います。

彼女は、ホーチミン市の大学で日本語を教えています。年は私と変わらないにもかかわらず、生徒たちからの信頼も厚く、面倒見の良い先生だと人気です。また、日本語教師という仕事に加え、週末には同大学で居合道のクラブも開いています。居合道を通して日本文化をベトナム人に伝えているそうです。日本語教師として、居合道の先生として日々奮闘する姿に、触発されるものがありました。私もこのようなすてきな活動ができるよう、より一層頑張らなければと思った次第です。

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“日本語パートナーズ”として派遣される地域は、さまざま。日本人が多く生活している地域もあれば、日本人はほとんどいないという地域もあります。そのような環境の中、出会った日本人同士で刺激し合ったり、助け合ったり……。日本を出て、その地域に行かなければ、出会わなかった日本人。東南アジアの人々との出会いに加えて、思いがけない日本人との出会いがあることも“日本語パートナーズ”の醍醐味(だいごみ)ですね!

 

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