ASIA center | JAPAN FOUNDATION

国際交流基金アジアセンターは国の枠を超えて、
心と心がふれあう文化交流事業を行い、アジアの豊かな未来を創造します。

MENU

オムニバスで生まれた有機的な関係――『アジア三面鏡2018:Journey』監督シンポジウム

Symposium / Asia Hundreds

東京での異様な体験を反映した『第三の変数』(エドウィン監督)

石坂:エドウィン組は東京での撮影で、黒沢清監督作品などでもお馴染みのカメラマン、芦澤明子*3 さんと組みました。具体的に、都内のどこで撮影されたのですか?

*3 日本を代表する名カメラマン。黒沢清や沖田修一などの撮影監督を務めるほか、近作では『羊の木』(吉田大八監督)、『海を駆ける』(深田晃司監督)の撮影を担当。原田眞人監督『わが母の記』(12)で、日本アカデミー賞優秀撮影賞を受賞。

エドウィン:自由が丘周辺や等々力渓谷、錦糸町のラブホテルで撮りました。記録的な大雪に見舞われた翌日で、とても寒かったですが、雪は見る分には良いですよね。

石坂:東京の中でも相当性格の違う2か所で撮影したのですね。本作は、倦怠期にいる夫婦の関係が、もう1つの要素が入ることで変わっていくという、一種の「緊張と解放」というテーマが垣間見えます。

エドウィン:そうですね、設定はシンプルなのですが、カップルの間に入ってくる第3の存在というのはチャレンジ、何かを課していく存在であり、過去の象徴でもあるわけです。カップルは物理的にジャカルタから東京に移動しているわけですが、これは彼らの心の中の旅路でもあります。これから先、二人で一緒に人生を歩むには、いまの地点からどこか他の場所へ行き、発展する必要がある。それにはきちんと過去と向き合うことが必要ということです。

映画『アジア三面鏡2018:journey』『第三の変数』のワンシーン
『第三の変数』

石坂:それは個人的な心の話でもありますが、国の歴史を含めたもう少し大きなメタファーもあるのでしょうか。

エドウィン:映画の中で描きたかったことの一つは、時という概念、過去・現在・未来。特に、現在と過去です。無意識のうちに触れている部分もありますが、私の映画は、非常に個人的な感情を描くと同時に、自国の歴史や様々な事象をどう理解して映像化するかという取り組みでもあります。インドネシアでは、概して政治や歴史についてオープンに議論することはなく、過去に傷を負っているにも関わらず、それを嘘で塗り固めるようなことをしているので、これから発展していくためにはオープンに語り、過去をきちんと清算する必要があるわけです。『碧朱』では物事の速度の高まりを描いていますが、インドネシアも同じで、いまジャカルタでは地下鉄が建設中ですが、コミュニケーションの分野ではSNSの過熱しかり、行き過ぎの状態になっていると思います。本作ではそのような進化、過去への恐れを描きました。

映画『アジア三面鏡2018:journey』『第三の変数』の撮影風景1
『第三の変数』撮影風景

石坂:自由が丘の橋の上のシーンでは、俳優の北村一輝さん(映画『KILLERS/キラーズ』でオカ・アンタラと共演)や深田晃司監督(『海を駆ける』)など、インドネシアにゆかりのある日本の映画人がカメオ出演されていますね。

エドウィン:実は、このシーンは元々脚本になかったもので、東京に着いてから書きました。ロケハン初日、大雪に見舞われて渋谷駅は大混雑で人が溢れかえっていて、電車の中は人がぎゅう詰めで、それはすごくスリルを感じた経験でした。そしてドアが開いたときの解放感、これを自分なりに映像化できないかと思い、表現したのがこのシーンなのです。日本人にとってはそんなに珍しいことではないかもしれませんが、非常に抑圧された環境の中で知らない人と密着する、そして解放されるというのを自分なりに解釈しました。

映画『アジア三面鏡2018:journey』『第三の変数』の撮影風景2
『第三の変数』撮影風景

デグナー:エドウィン監督が話す状況は、中国でも同じでとても共感できました。物事のスピードがとても速くなっていること、常に緊張や恐怖感を抱えていながら、ちゃんと向き合っていないということ。そして孤立感、疎外感。これは松永監督とも話したことですが、監督というのは孤独な仕事で、監督でないにしても、私たちは多弁であっても本当にコミュニケーションが出来ていないのではないかと感じています。それがエドウィン監督の作品には非常に強く表れていると思いました。また、セックスのシーンについては、彼の勇気を称えたいと思います。私には同じように描き切る勇気がないので、観ていてとても良いシーンでしたし、作品を通して非常に面白い経験をしました。それから、撮影監督の芦澤さんによるところが大きいかもしれませんが、インドネシア作品でありながら、日本の伝統的なスタイルがとても融合していて、映画言語、映画表現として興味深かったです。

松永:このプロジェクトの面白さだと思うのですが、初めて3本通して作品を観たときに、デグナー監督は親子関係で失われたものを取り戻す話、私は普遍的な時間の話になり、その後、エドウィン監督がまた夫婦間という私的な話になっていて、デグナー監督もエドウィン監督も自身の経験や体験を描いていますが、これはワールドワイドに通用するものだと思います。目に見えるものはトリッキーだったりしますが、エドウィンがその裏に何を描こうとしているのか共感が持てるし、デグナーが先述したように、現代社会において、私にも彼のように勇気を持ってアウトプットすることはできないと思いました。あと、すごい角度で日本が描かれていて、すごく新鮮で面白かったです。

最新特集記事

特集記事一覧へ

Asia Hundreds アジアハンドレッズ

オンライン・アジアセンター寺子屋シリーズ