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tomad×similarobjects×Rezky Prathama Nugraha――交錯するアジアのエレクトロニックミュージックシーン

Interview / Asia Hundreds

「Bordering Practice」のはじまり

パトリックBordering Practiceの始まりを少し振り返ってみたいと思います。このプロジェクトは2016年に始動しましたが、どういったアプローチで展開していったのですか?

tomad:2016年に調査をスタートして、最初に行ったのがマニラ、次がジャカルタでした。まずマニラではMoon Mask*1 と会ったのですが、もともと僕らはインターネットでお互いを知っていたんです。彼の活動はとてもおもしろいし、彼の知る現地のレーベルや音楽家を紹介して欲しいとお願いしてみたんです。それで、similarobjectsと知り合いました。初めてマニラに訪れた時にあるイベントに参加したんですが、そこの雰囲気がとても良くて、楽曲のクオリティもとても高かった。こんな素晴らしいシーンがあることを知ることができて、嬉しい驚きでした。ジャカルタでも、最初にインターネットでいろいろリサーチをしたんですが、楽曲の配信や販売をするプラットフォーム「Bandcamp」でタグを見つけて、Double Deer*2 を知ることができました。ウェブサイトもすごくカッコよくて、実際に見に行って…そうしたら、とても高級感のある場所だった(笑)。プレゼンを何度も聞いて彼らのビジョンを共有するうちに、クリエイティビティの面からも、ビジネスの面から見ても、とにかく面白いなと思いました。

*1 フィリピン・マニラを拠点に活動するミュージシャン。2016年に開催したトークイベント「Liquid Asian Pop Scene」とライブショーケース「Neo Asian Pop Showcase」に出演。

*2 インドネシア・ジャカルタに本拠地を置く音楽レーベル。KimoKaL、Mantra Vuturaをはじめ多数のアーティストが所属。

similarobjects:2016年に彼らがマニラに調査に来ていて、Moon Maskからtomadを紹介してもらいました。一緒にマニラの音楽関係の施設などを回りながら、現地の音楽シーンについて共有したり、ライブをやったりもしました。その間に、このプロジェクトを今後どのように続けていくかを話し合ったんです。その後、僕もインドネシアの調査に参加しました。そこでDouble Deerに出会って、彼らの活動や音楽シーンへの取り組みについて話をしていったんです。

リスキーDouble Deerには、tomad、similarobjects、アジアセンターから廣田ふみさんたちが来たんですよね。そして、ふみさんから僕たちのスタジオに音楽家を連れていきたいと連絡をもらいました。その後、アジアセンターが僕たちの所属アーティストであるKimoKalを渋谷のWWW Xに招へいしたことで、演奏が実現したんです。その公演後に改めて話をしながら、こういった交流を続けたいと提案したのがきっかけですね。その頃から、いろいろな国のミュージシャンが集まって、一緒に音楽をやる機会がないかと考えていたんですが、それが2019年についに実現できました。

「BORDERING PRACTICE」(「MeCA | Media Culture in Asia: A Transnational Platform」、2018年2月)でのKimoKalのパフォーマンスの様子
撮影:Jun Yokoyama

パトリックDouble Deerの第一印象はどうでしたか?

similarobjects: ひとつのコミュニティのあり方としてとても興味深いと思いました。自分たちの建物があって、それ自体が非常に多くの機能を持っている。最初は、ビジネス展開の手法も心得ているレーベルとして関心を持ちました。とてもバランスが取れていて、全てにおいてプロフェッショナルなんです。事業のプレゼンテーションまでしてくれて(笑)。

パトリック:パワーポイントプレゼンのような?

リスキー:ええ、スライドショーで(笑)。

similarobjects:ほかに会った人たちとはカジュアルな話をしただけでした。もちろんDouble Deerとも何気ないことをたくさん話しましたが、彼らは自分たちがやっていることや音楽シーンでの立ち位置をしっかりと見ているのが伝わってきました。ビジネスとしての活動と文化的な活動を、均整をとってやっているところ、そしてそのモデルに持続可能性があることに、非常に大きな刺激を受けましたね。

tomadDouble Deerはプロダクションや制作業務をやりながら、レーベルとしての機能も果たしています。しかも、音楽を教える教育プログラムまであり、それらはすべてスタジオ完備の建物で行われています。日本だとそこまでのことを、少なくともDouble Deerほど気軽に、そしてうまくやっているプロダクションもレーベルもないように思います。日本の音楽業界から見ても、Double Deerはひとつのモデルとしてとても参考になります。

パトリック:このプロジェクトが始動する前は、アジアのエレクトロニックミュージックのコミュニティへの注目や、それに関する情報はどれぐらいあったのでしょうか。

リスキー:アジアに関してはあまりないですね。まあ、自分がそういうのに疎すぎるだけかもしれないですが(笑)。

similarobjects:音楽を探す時はあちこちに手を出すから、地理的な場所についてはあまり意識していなくて。逆にそんな感じでZoom LensやMaltine Recordsといったレーベルや、PARKGOLFといったアーティストのことを知ったので、国や地域によって見るということはしていませんでした。Bordering Practiceのおかげで、さまざまな国から集まった参加アーティストや、それ以外のプロジェクトを通じて出会った人たちの両方にもっと興味を持つことができ、もっと発見したいと思いました。

tomad:僕は長い間レーベルを運営していたので、新しいものや自分が知らないものを常に探し求めていました。このプロジェクトに関わる前は、どちらかというと欧米のアーティストの作品を中心に聴いていて、アジアの音楽にはそれほど注目していなかったですし、アジアの音楽シーンがどういうものかも知りませんでした。誰もいない殺風景な場所、というイメージを持っていたぐらいです(笑)。でも実際には全くの真逆で、ものすごく面白いことが起こっている場所でした。

協働関係の構築

パトリック:この3年間でBordering Practiceはどのように進化してきたと思いますか?

similarobjects:滞在制作を通じて具体的な形を得たんじゃないかと思います。それまではライブが全てでしたが、実質的なレベルまでつながったことが一番重要で、本当の意味での境界を取り払うところまでいったという実感があります。今回のプロジェクトで出来上がった楽曲自体、織り交ざったさまざまな文化の象徴になっている。全部の要素が少しずつあって、そこが僕にとっての今回の一番のポイントだと思います。

リスキー:ジャカルタでそれぞれが制作した3つの楽曲が、これまでに聞いたとこのないものになっているのが僕にとって衝撃でした。

similarobjects:まったく新しいものでしたね。

ライブコンサート「Imaginary Line」にて。左からZaki(Mantra Vutura)、PARKGOLF、similarobjects、Tristan(Mantra Vutura)。
撮影:Jun Yokoyama

パトリック:Bordering Practiceを通して学んだことはなんですか?

tomad:プロジェクト全体で言うと、東南アジアの各都市それぞれの音楽シーンのアーティストやグループのことをたくさん知ることができました。彼らはとてもアクティブだったわけです。Bordering Practiceに参加する前は東京の音楽シーンだけを見ていましたが、このプロジェクトでアジアにあるコミュニティと出会っていろいろと比較することで、 この東京という場所の音楽シーンのことをより深く理解できたと思います。
Double Deerは、この5年間の音楽シーンの成長のなかで頭角を現してきた存在だと思いますが、東京では僕よりも上の世代、もちろんさらにそのまた上の世代の人たちがいて、エレクトロニックミュージックの長い歴史が築かれている。そういった過去の実績が、逆に重荷になってしまうこともあるなと。伝統にとらわれずのびのびと表現しているアーティストを見ているとうらやましく思います。一方で、東京ではエレクトロニックミュージックのファンの層が厚いですし、演奏できる場所もたくさんある。マニラやジャカルタに行ってみて、伝統そして発表の機会という点においては、東京は恵まれていると実感しました。

similarobjects:それぞれの場所で共通点も違いもたくさんあることが実感できて、僕のようにマニラで新しい文化を作ろうとしている人間にとっては、とても興味深い参照すべきポイントがたくさんありました。東南アジアの音楽そのものに対する矜持も生まれました。マニラでは欧米の音楽がもてはやされていて、音楽シーンは欧米の方を向いている。東京、ジャカルタ、ホーチミン市、ハノイといった都市や国で音楽を体験したことで、アジアの音楽シーンの勢いと力強さを感じましたし、自分たちをたくさんの小さな集まりのひとつではなく、全体で俯瞰して見られるようになりました。小さな集まりであってもひとつに合わさると、それはとても大きな存在になるなと。それから、他の国において、それぞれの音楽のためにどのようにテクノロジーが使われているかを知れたことも大きかったです。例えばジャカルタでの人々のインスタグラムの活用法にもありますが、シーンを広げ、音楽を広めるための方法があるわけです。また、僕自身や、自分のコレクティブ、そして僕たちアーティストという存在がどこにはまるのか、グローバルなスケールで見たときのベストな立ち位置を知ることもできました。