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リザ・ディーニョ=セゲラ――フィリピン映画の過去と現在と未来を拓く

Interview / Asia Hundreds

フィリピン映画の裾野を広げるために

岡田:では次に、映画文化の普及の取り組みを伺います。現在FDCPでは5つの都市(マニラ、バギオ、イロイロ、ダバオ、サンボアンガ)に上映拠点を設けられていますね。私が訪問した2016年には、シネマテーク・マニラが新設されたばかりでした。そうしたシネマテークでの上映活動についてお聞かせください。

ディーニョ:シネマテーク事業の目標のひとつは、新しい観客を開拓していくことにあります。そのために、単に映画を上映するだけではなく、イベントと連動させた上映に取り組み始めたところです。解説のレクチャーや監督によるトークを上映前に行ったところ、たいへん好評で、シネマテークも満席になりました。この3月は女性月間として、女性監督をはじめ映画界を担う女性の方々を招き、ジェンダーをめぐるディスカッションを催しつつ、そうしたテーマに沿った上映のキュレーションをしました。また、私たちのコレクションには1970年代の実験映画が結構ありまして、デジタル化の作業にも着手していますが、35ミリフィルムでの上映をシネマテークで開いた時には大変賑わったんですね。35ミリ上映ということの意義を感じましたし、映画好きの若い人たちへの関心を惹くことができたように思います。
大使館と連携して各国の映画祭を開催し、スペインや韓国、アルゼンチンといった国々のアートフィルムに触れられる機会もつくってきました。日本映画を特集する映画祭―「EIGASAI」と名付けられ、国際交流基金との共催です―は、これまではマニラでしか開催されていなかったのですが、20回目となる2017年にはバギオやイロイロといった都市にも巡回しました。

岡田:ハリウッド映画ならば普通の映画館でも上映されるでしょうが、ヨーロッパ映画やラテンアメリカ映画、あるいはアートフィルムを観る機会をつくるという役目をシネマテークは担っているわけですね。

ディーニョ:在フィリピンの各大使館は、自国の映画をフィリピンで普及させることに熱心です。私たちを通して映画祭を開催する場合は、検閲局を介さずに上映することができます。大使館側が映画を提供し、こちらからは予算を援助する、という関係ですね。そうした外国映画をフィリピン国内の各地で上映できるのは、私たちとしてもありがたいことです。

アジアハンドレッズのインタビュー中のリザ・ディーニョ氏

ディーニョ:各地のシネマテークだけではなく、国内最大手の映画館チェーン「SMシネマ」とも私たちは提携関係を持っていまして、「CineLokal」と銘打った上映を行っています。ショッピングモール内の商業映画館なのですが、各都市の映画館から合計8スクリーンを私たちに提供してくれているのです。アートフィルムを手がける監督たちのための上映のプラットフォームにするのが私たちの目標のひとつです。また、ヨーロッパやアジア各国の映画を上映して、アメリカ映画だけではない映画の多様性というものをフィリピンの観客に感じてもらいたい、とも願っています。商業的な映画館チェーンにとっては実質的には慈善事業のようなところがあるでしょうが、こうした提携による上映企画が将来的には、観客の裾野を広げることに、ひいては私たちの国の映画監督たちをも支えることへとつながれば、という期待は共有できているかと思っています。

岡田:なるほど、民間映画館との提携もされているのですね。

ディーニョ:FDCPの主導で、8月に「FEAST OF FILIPINO FILMS(フィリピン映画の宴)」というイベントを開催しました。8月はフィリピンでは「国語月間」なのですが、「映画月間」にもできないか、と政府にも提案しているところです。このイベントでは、830館ほどの全国の映画館と提携して、12本のフィリピン映画を1週間にわたって上映しました。私たちにとっても新規の試みだったのですが、成功裏に終わりました。政府と民間セクターが一緒になって、映画業界も興行サイドと製作サイドとが協力しあって、フィリピン映画の顕揚に取り組むというのは、初めての機会だったように思います。

岡田:国内で開催される映画祭に対するFDCPの関係はどういったものでしょうか。

ディーニョ:インディペンデントな映画祭はマニラ首都圏に集中しています。「シネマラヤ」「シネマ・ワン・オリジナルズ」「Qシネマ」「トゥファーム」「シネフィリピーノ」「シナグ・マニラ」(CINEMALAYA/CINEMA ONE ORIGINALS/QCINEMA /TOFARM/CINEFILIPINO/SINAG MAYNILA)といった映画祭がありますが、それぞれが映画製作の助成金を出してきました。映画祭の助成によって作られる映画は毎年数十本に及びます。FDCPは、映画祭とパートナーシップを組んで、映画の年齢制限のレーティングに携わったり、シンポジウムやワークショップの開催をサポートしています。また地方の映画祭についても、現時点でフィリピン各地の18の映画祭を支援しています。そうした映画祭が、地元の映画コミュニティと協働してイベントやプログラムを継続していけるよう、私たちは、技術的なワークショップを開いたり、学校の先生を対象にした映画鑑賞講座やシンポジウムを催したりしています。教育のツールとしての映画の重要性を先生方にも理解していただきたいわけです。

岡田:映画祭が映画製作を助成するというお話がありましたが、それだけの規模の作品が作られているのは、ユニークなシステムだという印象を受けます。

ディーニョ:映画祭が提供するのは2万~4万USドルほどで、あくまで製作の元手となる範囲の額ですね。フィリピンで映画を製作しようとすると、小規模なアートフィルムでも5万~10万USドルはかかりますから、監督たちが個人出資をしている部分もあります。映画の作り手たちにとっては創作意欲を掻き立てる仕組みであることは確かですし、映画祭側も上映作品を揃えることができます。ただ、必ずしも良い作品ができるとは限らず、粗製濫造に陥ってしまいかねないところもありますので、クオリティを維持する道を探る必要があります。

アジアハンドレッズのインタビュー中のリザ・ディーニョ氏と岡田氏

岡田:一方、国外の映画祭との関わりについてはいかがでしょうか。

ディーニョ:世界的な国際映画祭には、私たちはフィリピン・パビリオンを出展しています。カンヌのマルシェ・デュ・フィルム、釜山のアジアン・フィルム・マーケット、香港のフィルマート、東京のTIFFCOM、さらにアメリカン・フィルム・マーケットですね。国内のプロデューサーたちをそこに招待し、各国の配給会社・セールスエージェントに対してプロモーションや交渉ができる機会をつくっています。製作側には、映画を作った後の行く末、資金的なことも含めた映画のサステイナビリティに一層積極的な関心を持ってもらいたいわけですね。こうした映画祭の場では「フィリピンナイト」というパーティーを主催し、映画人のネットワークづくりにも努めています。そこから生まれてくる企画というのもありますからね。
製作と興行とを国際的に橋渡しするこうしたプラットフォームづくりと同時に、私たちは「SPOTLIGHT ON PHILIPPINE CINEMA」と銘打って、フィリピン映画の上映を足がかりにした、世界のさまざまな映画祭との協力関係の構築も目指しています。実際、大阪アジアン映画祭から声をかけていただきまして、私たちFDCPの協力のもと、フィリピン映画特集の開催が決まっています(特集企画「祝フィリピン・シネマ100年」として2018年3月に開催)。そうしたフィリピン映画の特集上映に衝いては、各国の大使館にも私たちからアプローチしています。あなたの国でフィリピン映画祭をぜひ開催してください、フィリピンではあなたの国の映画祭が開かれてますよ、といった具合です。働きかけが功を奏して、フィレンツェでフィリピン映画祭を開催すべく、イタリア大使館がいま動いているところです(2018年3月開催)。

岡田:映画文化の普及については現在の政府は積極的でしょうか。

ディーニョ:そもそも文化政策がアジェンダに挙がること自体が長らくありませんでした。いまようやく、といった感がありますね。文化省を新設するといった動きも見えつつあります。国を作るという意味での文化の重要性が政府のなかで認識されるようになったのは、喜ばしいことだと私は思います。実際、現政権は「BUILD, BUILD, BUILD」という名のプログラムの下でインフラの整備を推進していますが、私たちのシネマテークが作られたのもその一環なんですね。予算次第ではありますけども、今後も国内各地にシネマテークを新設していく予定も立てられています。

岡田:期待できる状況にあるように見受けられます。

ディーニョ:そう願っています。いまフィリピン映画は「第3黄金期」*3 を迎えていると言われます。国際的な評価が上がっているなかで、この機運を逃さず、国内での映画普及をサポートしていく務めを私たちは担っていかねばと考えています。

*3 若手映画作家を支援する映画祭「シネマラヤ」が2005年に創設されて以降、インディペンデント映画の新たな潮流が生まれ、世界的に高い評価を獲得している。代表的な監督に、ブリランテ・メンドーサ、ラヴ・ディアス、ラヤ・マーティンなど。

アジアハンドレッズのインタビュー中のリザ・ディーニョ氏

岡田:FDCPのもう一つの役割である、映画の製作環境の向上についての取り組みもご紹介いただけますか。

ディーニョ:当時のアロヨ大統領の命を受け、2008年にPFESO(PHILIPPINE FILM EXPORT SERVICE OFFICEフィリピン映画輸出事業局)が設立されました。2016年頃まで実質的には始動していなかったのですが、いまはフル稼働中です。これは、国外の映画製作会社がフィリピンで仕事をしやすくするための調整役をFDCPが担うという目的を持っています。財務省、観光省、関税局、入国管理局といった各省庁や諸機関との間に生じる折衝を、FDCPが裏方で行います。外国から来てフィリピンで撮影をするときにハードルとなるのは、官僚的な形式主義や煩瑣な手続きや、ときに根回しであったりするわけです。そういった事柄をすべて私たちFDCPが処理することで、撮影しやすい環境を整えます。国外の映画会社にとってのインセンティブをもたらし、撮影誘致を促したいわけです。キャンペーンでは「FILM PHILIPPINES: DISCOVER US, EXPLORE US.(キャメラを携え、いざフィリピンの発見と探検へ)」と謳っています。国外からの誘致は、国内の映画産業を活気づけ、雇用創出にもつながるだろうと見込んでいます。

岡田:最後に、今回の来日ではどのようなことに重点を置かれていますか。

ディーニョ:3つあります。フィリピンでは現在、アニメーション技術の分野が活況を呈しているのですが、アニメのコンテンツ自体の作り手が足りていないのです。ですから今回、日本のアニメ・プロデューサーの方々にお会いして、フィリピン国内でアニメコンテンツの製作ができるような態勢を築くための、橋掛りを得たいと思っています。共同製作や、あるいは脚本開発のワークショップの可能性を探りたいところです。
また、フィリピンと日本の間で、映画上映についての協定ができないかということも考えています。日本では今年(2017年)、4本のフィリピン映画が劇場公開されました。一方フィリピンでは日本映画はとても人気があります。どこか共通する感性があるのかもしれません。フィリピンで紹介されるべき重要な日本映画はたくさんあるはずです。お互いの国の映画を継続的に上映できるような仕組みを思案しています。
そして、国内映画の興行が日本ではどのように成立しているのか、それを知りたいです。日本のような高い観客動員力をフィリピンの映画界でも実現させていくための、ヒントを得たいと思っています。

岡田:日本でも劇場公開されたブリランテ・メンドーサ監督『ローサは密告された』(2016)は、2017年に私が観た映画のなかで最もすばらしいもののひとつでした。フィリピン映画はいま躍進の時を迎えているとともに、2019年は生誕100年ということですから、ますます注目されるところです。今日のお話を通じて、フィリピン映画の状況を大きなパースペクティブで知ることができたように思います。どうもありがとうございました。

アジアハンドレッズのインタビューを終えたリザ・ディーニョ氏と岡田氏

【2017年12月10日、国際交流基金にて】


インタビュアー:岡田 秀則(おかだ ひでのり)
1968年生まれ。国立映画アーカイブ主任研究員。同アーカイブにて、映画のフィルム/関連資料の収集・保存や、上映企画の運営、映画展覧会のキュレーションといった業務に携わるかたわら、映画(史)のさまざまな側面を掘り下げる論考・エッセイを多数発表している。映画アーカイブの内と外を往還しつつ「モノとしての映画」の諸相に迫った著書『映画という《物体X》――フィルム・アーカイブの眼で見た映画』(立東舎、2016年)で、同年度のキネマ旬報「映画本大賞」第1位を受賞。

撮影:篠田 英美