ASIA center | JAPAN FOUNDATION

国際交流基金アジアセンターは、アジアの人々の間に共感や
共生の心を育むため、様々な分野で文化交流事業を実施しています。

MENU

ガリン・ヌグロホ――挑戦するシネアスト、飽くなきインスピレーションに導かれて

Interview / Asia Hundreds

『めくるめく愛の詩』(2015)について

『めくるめく愛の詩』のワンシーン
Chaotic Love Poems (2015)

油井:『めくるめく愛の詩』についてお聞きします。この映画で初めて大きなプロダクション・ハウスと組みました。

ガリン:この映画には少年時代の実際のエピソードがちりばめられていて ロミオとジュリエットの物語をベースにしています。主人公の名前はルーミーと言いますが、ジャラルディン・ルーミー*9 から名前を取っています。私が好きな詩人です。インドネシア人はルーミーの詩が好きです。この作品以前は、すべてインディペンデントでした。それまでプロダクション・ハウスと組んだことがなかったので試してみたのです。脚本はすでにできており、プロデューサーが同意したので制作することになりました。映画に出てくる詩が気に入ったようで、実際に恋人にも送ったそうです。

*9 ジャラルディン・ルーミー Jalaluddin Rumi
13世紀のペルシャ語文学史上最大のイスラム神秘主義詩人である。イスラム神学、スーフィズム(イスラム神秘主義)の重要人物の一人、旋回舞踊で有名なメヴレヴィ―教団の創始者

油井:この映画のために、監督が詩を作ったとか? 音楽や舞台もノスタルジックですね。

ガリン:ルーミーの詩は一篇だけで、もう一篇の劇中劇で使われた詩以外の詩は全て私のオリジナルです。昔恋人に送った詩を使いました。男性は恋人に詩を送るものですよね。今でも求められれば書きますよ!(笑) 1970~90年代は良い時代でした。全ての芸術の分野、ファッションや音楽、映画でも良いものがたくさんありました。その時代を描くのが楽しいのです。そして1990年代の経済危機までを描いています。

油井:女性はまだヒジャブをかぶっていなくて、ミニスカートをはいています。その時代の日本と同じようなファッションです。今は日常生活でもイスラム色がより強いです。

ガリン:少し過剰だと思います。ラディカリズムは教義や言葉からだけではなく、ヒジャブのようなファッションやライフスタイル、エンターテイメント、例えばイスラム映画といった形で入ってきます。ヒジャブはこのように被るべきといったことを、テレビなどで語るわけです。ラディカリズムがテレビを通して生活に入ってきます。より複雑な状況になっていると思います。

油井:周辺がイスラム的な環境になると、創造的な活動にも影響がありますか?

ガリン:昔は政府からの統制、検閲が厳しかったのですが、今は社会・民衆が検閲をするのです。政府が検閲するのではなく、宗教団体が「検閲」するのです。政府が検閲をした上で上映しているのに、宗教団体が上映を差し止めたりするわけです。彼らが映画館を閉鎖する権限を持つかのように振舞っています。社会からの検閲のほうが、コントロールしづらいのです。より難しく危険になっていると思います。ソーシャルメディアの影響も大きいでしょう。書く文化が廃れてきていますし、パブリックな場でモラルをもって話をする機会が減っています。ソーシャルメディアはプライベートな場であって、パブリックな場ではないのに、プライベートな発言がパブリックなものとして捉えられ、混乱を招いています。

『オペラジャワ』(2006)について

『オペラジャワ』のワンシーン
Opera Jawa (2006)

油井:『オペラジャワ』について聞かせてください。

ガリン:一言で言えば、ジャワ舞踊ミュージカルで、全ての芸術を結集させた映画です。インドネシアの第一線のアーティストたちによるガムラン音楽、舞踊、ファッション、インスタレーション・アート、演劇、文学の全ての要素が詰まった芸術性の高い映画です。

油井:この映画はラーマーヤナ物語*10 をベースにしています。

*10 古代インドの大長編叙事詩。ヒンドゥー教の聖典のひとつであり、『マハーバーラタ』と並ぶインド2大叙事詩のひとつ。

ガリン:私が小学生の頃、ジャワ音楽舞踊劇を演じる授業がありました。sendratari(スンドラタリ)といって、ワヤン・クリッ*11 の物語を題材に生のガムラン音楽のバックで踊ったり演じたりしました。それを発展させた作品です。また、この映画では、langendriyan(ランゲンドリアン)というジャワ風オペラの手法を使っています。私の実家にはジャワ舞踊を練習する場所があって、子供の頃から伝統芸能に親しんでいました。『オペラジャワ』はまさに子供時代に戻る感覚でした。おそらく、ガムラン音楽をフルに使った初めてのインドネシア映画なのではないでしょうか? 舞踊とガムランをコンセプトにした映画はそれまで無かったと思います。通常、映画音楽に西洋のオーケストラを使いますが、ガムランは世界で最大規模のオーケストラです。それをなぜ映画に使わないのでしょうか?

*11 インドネシアのジャワ島やバリ島で行われる、人形を用いた伝統的な影絵芝居、またそれに使われる操り人形。

油井:この映画は海外で多くの賞を取りました。インドネシアで公開したのでしょうか?

ガリン:インドネシアでは、ジョグジャカルタで一般上映しましたが、2、3日で終了してしまいました。2006年制作なので、12年前の作品です。その後、三部作の舞台劇を作り、ヨーロッパ公演をしました。映画で使用した美術の展覧会を、パリとミュンヘンで開催しました。

油井:三部作のテーマは同じですか? 2008年にRanjang Besi(鉄のベッド)、2010年にTusuk Konde(かんざし)、2013年にSelendang Merah(赤いショール)と、2、3年ごとに舞踊劇を制作しています。

ガリン:テーマは同じですが、少しずつ解釈を変えています。例えば、ハヌマーン*12 に焦点をあてたり、他の登場人物にフォーカスするなどしています。ラーマーヤナは膨大な物語なので、1作品では収まりきらないのです。舞踊劇の他、美術の展覧会もして、ひとつの映画作品を様々に展開させてきました。『オペラジャワ』以降、そういうスタイルが出来てきました。

*12 インド神話における猿の神。風神ヴァーユの化身。

『サタンジャワ』(2016)について

『サタンジャワ』のワンシーン
Setan Jawa (2016)

油井:オペラジャワはラーマーヤナをテーマにしていますが、『サタンジャワ』について聞かせてください。

ガリン:ジャワ神秘主義のpesugihan(プスギハン) という呪術をテーマにしています。お金持ちになる呪術は、Tuyul(トゥユル)といった妖怪を使う方法があります。トゥユルはお金を盗んでくる妖怪ですよね。pesugihan kandang bubrah(富を得る呪術の一種)は、富を得るのと引き換えに、死んだ後その家の柱になる、という契約を悪魔と取り交わす呪術です。

油井:その人は死ねないということですか?

ガリン:死にますが、罰としてその家の柱になります。ジャワの神秘主義(Kejawean)の一種ですが、中国にも似たようなものがあります。その呪術をかけると、家が何度も壊れるので、いつも修繕しなければならないのです。『サタンジャワ』の一部は私の実家で撮影しましたが、子供の頃、ジョグジャカルタの私の家は、この呪術を使っているのではないかと疑われていたんです。だからその腹いせに映画にしたのです。私が死んだ時には、家を見てください。柱になっているかもしれません。(笑)

油井:モノクロのサイレント映画で、ドイツ表現主義の影響を受けているそうですが?

ガリン:ドイツ表現主義の映画『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)の影響を受けています。ワヤン・クリッと同じです。サイレントで影はモノクロで、音楽の伴奏がつきます。この映画は、ドイツ表現主義とワヤン・クリッが融合したものだといえます。デジタル技術が発達する現代のほうが、むしろ神秘主義を助長していると思います。デジタルでやり取りするニュースは、誰が発しているのかよくわかりませんよね。テクノロジーが発達すればするほど、真実と虚構、可視と不可視の境がわからなくなるのです。だから神秘主義がより蔓延するのです。デジタル時代だからこそ、神秘主義を取り上げるのは面白いと思います。インドネシアの全ての芸術、ワヤン・クリッ、絵画、文学などに、神秘主義の影響が見られます。

油井:映画の中で、スクー寺院*13 のリンガとヨ二のシンボルが出てきます。イスラム教が入る前の世界を象徴しているのですか?

*13 ジャワ島中部にあるヒンズー教の寺院。スラカルタ(ソロ)の東、ラウ山西麓に位置する。15世紀前半、マジャパヒト朝時代に建造。マヤ文明のピラミッドに似た石造の本殿があり、マハーバーラタに登場する神や動物などの石像や浮き彫りが見られる。

ガリン:この映画自体は1926年あたりのジャワを舞台にしています。オランダの植民地時代で、人々が貧しく神秘主義に頼っていた時代です。「マジック・リアリズム(魔術的現実主義)」が表現されています。マジック・リアリズムは1926年頃に海外からバリ島に入ってきたとされる芸術スタイルです。『サタンジャワ』はマジック・リアリズム的な映画だといわれます。魔術的なジャワ文化のエッセンスが現れている映画だと思います。

アジア・ハンドレッズインタビュー中の油井氏の写真

油井:メルボルンでの上映では、西洋のオーケストラとガムラン・オーケストラが共演しました。東京の上映では、サウンドデザイナーの森永泰弘氏が音楽を担当します。どのような音楽になりそうですか?

ガリン:ガムランのフルオーケストラは使わず、日本とジャワだけでなくインドネシア各地の音楽の融合になるかもしれません。ボーカルがとても重要なので、サラウンド・システムを使って、よりボーカルを引き立たせ神秘主義を演出します。仏教僧の声明を入れることも考えています。日本独自の演出になるので、全く違うものになるかもしれません。いずれにしろ、神秘主義を際立たせるサウンド・デザインになると思います。

油井:『オペラジャワ』の舞踊劇はまだ日本で上演されていませんが、ついに『サタンジャワ』は音楽付きの上映が実現することになりました。これは必見です!

ガリン:生演奏付きのサイレント・モノクロ映画と、ドイツ表現主義とジャワのワヤン・クリッの融合した魔術的な世界を是非皆さんに見ていただきたいと思います。
私の作品を見ると、まるでミクロ・インドネシアのようですよ。『民族の師 チョクロアミノト』は1800年代末からのインドネシア初のイスラム政治団体の話ですし、『Nyai』(2016)は20世紀初めが舞台で、『サタンジャワ』は1926年ごろの話、『スギヤ』は1949年ごろ、多元主義と独立運動を扱っています。『ある詩人』は1965年 9月30日事件の頃で、1970~90年代を描いたのが、『めくるめく愛の詩』です。1990年代以降が舞台の『一切れのパンの愛』、1998年以降、地方分権が進み地方の民族主義が現れてきた様子を描いたのが『Aku Ingin Menciummu Sekali Saja』です。その後、ラディカリズムが台頭してきたので、『目隠し』を撮り、そして現在になってLGBT問題が注目されてきたので、『Kucumbu Tumbuh Indahku - Memories of My Body』(2018) を作りました。だから、私の作品群は、インドネシアの小さな地図のようなものです。初めから意図していたわけではないですが、制作するうちにだんだんマッピングのようになってきました。