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ブラッドリー・リュウ&ヨセプ・アンギ・ヌン――しなやかに切り開くアジア・インディペンデント映画の道

Interview / Asia Hundreds


ASIA HUNDREDS(アジア・ハンドレッズ)」は、国際交流基金アジアセンターの文化事業に参画するアーティストなどのプロフェッショナルを、インタビューや講演会を通して紹介するシリーズです。 文化・芸術のキーパーソンたちのことばを日英両言語で発信し、アジアの「いま」をアーカイブすることで、アジア域内における文化交流の更なる活性化を目指しています。

自国のインディペンデント映画を取り巻く状況 ~越境する映画づくり

関口 裕子(以下、関口):お二人のプロフィールからお聞きしてもいいですか。

ブラッドリー・リュウ(以下、リュウ):私はマレーシア生まれですが、20代の頃からフィリピンを拠点にするようになりました。プロデューサーでもあるフィリピン人の妻ビアンカ・バルブエナと恋に落ちたからです。マレーシア生まれではありますが、フィリピンを拠点にして映画を作ることにより自分の映画言語というか、映画の声を持てるようになったと考えています。現在、演出だけでなく、ラヴ・ディアス監督作品や、一作目を撮る若手監督のプロデュースを、マレーシア、フィリピンに限らず、東南アジア全般で行っています。最近では、「タレンツ・トーキョー2017」に参加したベトナムのファン・ゴック・ラン監督の作品の共同製作も手掛けています。

関口:映画製作の方法論を学ばれたのは?

リュウ:マレーシアでは、世界の映画やインディペンデントの映画を観るような機会、触れる機会はあまりなく、映画といえばアメリカの映画でした。そういった状況での映画の知識しかありませんでしたが、2012年に釜山国際映画祭の「アジアン・フィルム・アカデミー」*1 に参加したことで、世界、アジアのインディペンデント映画というものに触れる機会を得ました。その後フィリピンに拠点を移し、世界の映画、特にそういった東南アジアのインディペンデント映画に対する自分の視野を広げるようになりました。例えば、ラヴ・ディアス作品の製作に関わっていたときには、彼の映画のスタイルや哲学を目の当たりにしながら、そういったものを学び、吸収し、どういうふうに自分なりの映画哲学や言語を生み出せるかを模索しました。

*1 釜山国際映画祭、釜山フィルムコミッションが主催する映画人材育成プログラム。2005年、アジアの若手制作者の育成とネットワーク構築を目的として発足し、これまで32か国338名の修了生を輩出している。
Asian Film Academy 公式Webサイト

写真1 インタビューに答えるブラッドリー・リュウ監督

関口:面白いですね。ヨセプさんはいかがですか?

ヨセプ・アンギ・ヌン(以下、アンギ・ヌン):私も学校では映画ではなく、インドネシアで一番古いガジャ・マダ大学政治学部でコミュニケーションやメディアを学びました。1998年にスハルト政権が終わり、それと同時にメディアの世界や、映画制作や鑑賞への道筋が開かれました。それまで制限されていたことから解放され、映画制作のコミュニティが各地にできました。そんなこともあり、私にとって映画はユーフォリア(幸福感)なんです。以前は、インドネシアで公開される映画の多くはホラー作品やハリウッド大作で、多様性はありませんでした。スハルト政権時代は、映画を作る前に脚本を検閲に通す必要があったので。自由に作れる環境になったのは大きいです。
また、同時期にデジタルの時代が到来し、一気に花開いた気がしました。それは私の映画制作のスタートとも重なります。私が最初に観た海外の映画、いわゆるアートフィルムは、マーティン・スコセッシが出演していた、黒澤明監督の『夢』(1990)です。海賊版DVDで観ました。

関口:『サイエンス・オブ・フィクションズ』の冒頭には、黒澤監督の『羅生門』(1950)へのリスペクトを感じる要素がありました。

アンギ・ヌン:当時、インドネシアでは海賊版DVDでしかそのような作品を観ることができなかったので、よく借りていました。黒澤明や小津安二郎などの監督たちの作品も。最近では、園子温監督や岩井俊二監督などの作品も観ましたが、依然としてアートフィルムを観る機会はあまりありません。インドネシアのレンタル屋に置いてあるのは、ほぼ海賊版DVDです。

写真2 インタビューに答えるヨセプ・アンギ・ヌン監督

関口:フィリピンもインドネシアも、興行は大きな映画館チェーンでハリウッド大作の上映が過半数を占めている状況ですよね。アート映画、インディペンデント映画は観るのも作るのも大変だと思います。

アンギ・ヌン:インドネシアのインディペンデント映画の状況でいえば、短編映画の映画作家はたくさんいて、多くの短編映画が作られています。監督たちはどこかのプロダクションに所属して、企業のPRビデオなどを作ることで生計を立てています。でも、それらの短編映画が国際的な場で観せられる作品かというと難しい。それは、監督たちが良き映画を鑑賞する機会が圧倒的に少ないからだと思います。製作本数は多くても、質としては低いと言わざるを得なく、実験的な作品や、ジャンルを超えて横断していくような作品は作られていません。

関口:フィリピンの場合は、メトロ・マニラ・フィルム・フェスティバルやシネマラヤ・フィリピン・インディペンデント・フィルム・フェスティバルなど、国内映画の製作や上映を支える映画祭があり、その映画祭発の作品が日本で紹介されることも多々あります。一昨年にはフィリピン映画ブームのようなものも起こりました。日本を含む海外で、フィリピン映画を「観たい」と言うファンを掴んでいるのかなと感じています。

リュウ:フィリピンの長編映画に限って言えば、世界の映画祭で上映される機会は確かに多いです。ただ、何が問題かというと国内配給の面での質です。映画を作るということは、それに投資した人たちに対してリターンをしなければいけません。一定のリターンがなければ、次から映画製作への支援はなくなります。国内での上映が難しい状況にあります。
シネマラヤ映画祭では、一つの映画のプロジェクトに対し、約2万米ドルのシードマネーが出ます。もちろんそれだけでは足りず、普通はいろいろな助成を得て作る。基本の製作資金であるわけですが、結局、監督たちは他にも出資者を募ってその資金をより大きなバジェットにして映画を作るとか、配給やリクープを考えるより、もらったその3万ドル全部を製作に使ってしまい、先のことを考えない。だからとても中途半端な映画ができてしまうんです。もう少し資金があったら良くなったものを。でも、そういうインディペンデント映画にも、カルト的な、ニッチな人気を持つものもあります。でもそれは本当にごく一部。フィリピンでは、ミドルクラス以下の貧しい生活をしている人が8割。そんな人々が映画館に足を運ぶときは、お金がないなかでチケットを買うわけですから、その選択肢にインディペンデント映画は入ってこない。多くはロマンティック・コメディや普通の商業映画、ハリウッド映画を観ようとなるわけです。たくさんのインディペンデント映画が作られていますが、それを観せる場があったとしても、お客さんが観に来るかというとそうではないんです。

写真3 インタビューに答えるブラッドリー・リュウ監督

関口:それを解決するためには?

リュウ:プロデューサーの視点で話すなら、何か進化が必要なのではないかと思います。映画の物語の伝え方や映画言語や形式、そういったものに何かしらの進化が必要だと。インディペンデント映画を観る観客は、若い、大学生のような人たちが多いのですが、その理由はそれがトレンディだから。彼らはフェイスブックなどSNSの時代の人たちなので、とても飽きっぽい。そのうえ、黒澤明のような古典的な映画や3~4時間の長編などは敬遠する。でも『スター・ウォーズ』なら長くても観るので、単純にトレンドを追いかけているだけなんです。
進化の答えとして、ハイブリットな映画はひとつの可能性としてあるのではないか。インディペンデント映画を観る若い人が何を求めているかというと、その先なんだと思います。それは商業映画が提供するような満足感や、安定的な側面を持ちながら、実験的かつ時代の先端を行く側面を兼ね備えたインディペンデント作品。オルタナティブ・インディペンデント映画とでもいうような。

関口:簡単なようで、とても難しい。でもブラッドリー・リュウ監督の『モーテル・アカシア』(2019)には、そんな進化へのチャレンジが感じられました。移民問題がベースにありながら、先の展開が見えないスリリングなホラーのようであり、SFでもある。人間ドラマ的要素もあり、一つのジャンルに寄ってしまうことなく、命題を掲げながらどういうふうに見せていくか計算して作られていると感じました。

リュウ:観客にも同じように感じていただきたい。特にフィリピンの一般的な観客にもそう思ってもらえると嬉しいですね。

関口:かなり計算して作られていますよね?

リュウ:はい。『モーテル・アカシア』の最初のアイディアはジャンル映画で、モンスターの映画を作ろうというのが始まりでした。これまでの経験から、いわゆる商業的にヒットするような映画――例えば一般的なモンスター映画であれば、映画館に足を運んだ観客が、泣いて笑ってカタルシスを得て帰るような商業映画を作るのは無理だと分かっていたし、望んではいません。とはいえ、商業的な側面を持たせつつ、アーティスティックな要素というものをどう両立させるか。それは一種のギャンブルのようなものでもあります。
完成までには、資金集めや企画段階から考えると4年かかっており、その間にそれなりのリスクも抱えました。フィリピンの大きな映画スタジオが資金的バックアップをしているので、彼らにリターンがあるかは来年フィリピンで配給されれば結論は出ます。

映画『モーテル・アカシア』のスチル
『モーテル・アカシア』(C)Picture Tree International

関口:ヨセプ・アンギ・ヌン監督の『サイエンス・オブ・フィクションズ』(2019)にも同じものを感じます。神秘的な側面と、政治的な側面を持っている。冷蔵庫の扉で作られた宇宙船に男が住んでいるというシチュエーションだけでもすごく面白い。アーティスティックではありながら、非常にエンターテインメントだなと思いました。

アンギ・ヌン:私の映画の場合は、スタートは本当に小さなアイディアだったんです。私が住んでいるジョグジャカルタの南の方の、海がとてもきれいな町で“それ”が起きて、あるいは“それ”を目撃したらどうなるか。そういう情景を頭に入れながら脚本を書きました。
冷戦真っただ中だった1960年代、米ソは「月面着陸」という大きなプロジェクトを競い合い、インドネシアではクーデターが起きました。1960年代というのは、インドネシアにとっても、多くの国の歴史にとっても、とても重要な時代。映画あるいは映画言語として、技術や形式として、どうそれを取り込んで映画にするか。政治的な事件……、“月面着陸”を目撃し、トラウマとして抱えた人や彼の隣人、そして彼らが暮らす村をどういうふうに映画で表現するかが、一つの命題でした。もちろん意図的に政治的で複雑な構造にしているのですが、これを観たブラッドリー監督からは「どうやってこんな複雑でややこしい内容の映画の企画を、ピッチして製作資金を得たの? 信じられない」と言われました(笑)。“奇妙な映画”とも言えるかもしれません。

リュウ:素晴らしい演出とも言ったけどね(笑)。

映画『サイエンス・オブ・フィクションズ』スチル
『サイエンス・オブ・フィクションズ』(C)Rediance

関口:そうですね。映画の演出のひとつに、俳優に物語を託すというのがあります。キャスティングも演出のひとつだと。その人が魅力的だからこそ成立する物語というのがあり、自分で舌を切ってしまった主人公の男性(グナワン・マルヤント)の人間性が、観客を魅きつける要素になっていて、それが映画へ向かわせる力になっているのではないかと思いました。どのようにキャスティングされたのですか?

アンギ・ヌン:自分より大きなもの、政治的なものを目撃したことを、身体を使ってどう表現するか。そのひとつとして、彼が「話さない」ことを選んだと考えました。彼は主人公ではなく、目撃者で、彼を使って周りの状況を描くという構造になっています。例えば村の人たちは、彼を笑い者にします。彼は真実を知っていますが、周りの人には伝わらないし、人として狂っていると見なされ、常に笑い者にされている。話すことができない、このキャラクターを演じるには体の動きがとても重要です。私が説明したことを表現できなければならない。舞台俳優であるグナワン・マルヤントは、物語を身体表現で伝えることができた。それが彼を選んだ理由です。