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コ・ジュヨン――韓国と日本の舞台芸術交流のキーパーソン、芸術とそうでないものの境に身を置くインディペンデント・プロデューサー

Interview / Asia Hundreds

舞台芸術とそうでないもの、アートとそうでないもの、演劇・劇場とそうでないものの境に身を置く

小倉:昨年の10月、コさんが企画・モデレートされたPAMSPerforming Arts Market in Seoul)でのトークセッションには、いまお持ちの関心が表れていたと思いました。「Art/art activism」というタイトルで、スピーカーがマレーシアのジューン・タンさん(ファイブ・アーツ・センター)、フィリピンのアリソン・セガッラさん(シパット・ラウィン・コレクティブ)、タイのトランスジェンダーの、フィルムメーカーで国会議員でもあるタンワリン・スカピシットさんでした。

:一昨年、私がPAMSから助成金をもらい、BIPAM(Bangkok International Performing Arts Meeting)に行きました。その報告書を読んで、PAMSから東南アジア関連のトーク依頼がありました。テーマについても私からの提案で構わないということだったので、自分の関心事から組み立て、東南アジアから3人のスピーカーを呼ぶものにしました。アクティヴィズムに興味を持ったのは、先ほどお話した「嘘はつきたくない」ということと繋がっています。さまざまな課題やテーマを、作品を作るために利用するのは駄目だと思っていて、そうならないために、普段からその課題について関わっていきたいと考えています。セウォル号のことが自分にはとても勉強になっていると思いますが、関わっていくうちに人とのつながりができ、アイデアが自然と浮かび上がってくることを経験から知りました。普段からその課題に関わることはアクティヴィズムです。ですので、アートとアクティヴィズムは両立しているということを掲げています。

小倉:現在、コさんが日常的に関わろうとしている問題、興味のあることのひとつに障碍を持つ人たちのことがありますね。

:発達障碍のある人たちへの支援組織で、週3日働いています。

小倉:どのような仕事をしているのですか。

:主に20代の発達障碍の人たちの仕事サポートです。家に閉じこもっている人、仕事や社会活動を行いたいのに機会がない人たちのために、そのような場をつくる、ネットワークをつくるという仕事を行います。あとは、基本的にはピアサポーターの当事者たちが主体的に企画・実行をし、私のような非障碍者が手伝う感じです。

小倉:どうして障碍のある人のことについて興味を持つようになったのですか。

:もともとジェンダーの問題に興味があったので、その領域が障碍のある人にも広がったということがありますが、具体的には、作品づくりがきっかけになりました。たまたま依頼があって参加したものですが、盲目の人たちが住んでいるところで、そのような特徴を活かした作品をつくってほしいと言われました。それこそいきなりです。多くの人に会いインタビューをし、いろいろな勉強をしてきましたが、彼らは、自分がこれまで見ていなかったところを見せてくれているという感じがしました。そこから障碍についてさらに勉強したいという気持ちを持ち始めました。「演劇練習」の第二弾を演出したクォン・ウニョンさんも、障碍者支援のNPOで働いており、彼女の勧めで介護の講習を受け、一種の資格を持つようになりました。そして運よく最も触れてみたかった発達障碍者たちの団体から声が掛かりました。

小倉:改めてお話を聞いて、コさんの今回のTPAMディレクションの紹介テキスト「一人の個人、社会を生きている市民、プロデューサーという職業、この3つのアイデンティティを結びつけることの困難の中で、今は舞台芸術とそうでないもの、アートとそうでないもの、演劇・劇場とそうでないものの境に身を置きたいと思っています」というところが、とても切実な気持ちの表れだと思いました。

:舞台芸術の役割は何か、プロデューサーの役割は何か、インディペンデント・プロデューサーは何を行うべきか。ここ数年、このような悩みを抱えていましたが、その葛藤から見いだしたソリューション、自分の道はたぶんこれだと思います。自分の身を動かして、実践し、行動し、そこからアイデアで勝負する。

TPAMディレクション2020と今後

小倉:今年のTPAMディレクションについてお伺いできますか。

:今年のTPAMでは、身体表現のなかでもダンスが大きなテーマとしてありました。ダンスだったら、捩子ぴじんさんと一緒にやりたいと思いました。彼の作品が好きで、『モチベーション代行』で一緒に仕事したこともありました。捩子さんが梅田哲也さんに声をかけましたが、私は大歓迎でした。考えてみると、捩子さんと梅田さんの二人は私のインディペンデント・プロデューサーのキャリアの原点です。そのような意味でも、私の最後のTPAMディレクションにふさわしいものだったと思います。 それと、プログラムを最終的に考えていた秋頃は、韓国と日本の政治・外交関係が悪化している時期でした。韓国人の私がこのことを考えずにTPAMで何か行うことはできないと思いました。ずっと興味を持って読んでいた「アリババと30人の友たち」というメールマガジンがあります。そこには日本と韓国のアーティストが30人ほど集まっていて、毎日誰かが書いて、皆で発信するプロジェクトがあり、それを書いているのが毛魚さんとアキラ・ザ・ハスラーさんです。アキラさんは『変則のファンタジー』のインタビューで面識があったので、アキラさんに日韓で何か行いたいと相談しました。そして毛魚さんとの共演、今回の企画が進みました。

TPAMディレクション「オギヨディオラ ねじロール」の写真1
毛魚(モア)&アキラ・ザ・ハスラー/捩子ぴじん&梅田哲也『オギヨディオラ/ねじロール』
(C)Rody Shimazaki
TPAMディレクション「オギヨディオラ ねじロール」の写真1
毛魚(モア)&アキラ・ザ・ハスラー/捩子ぴじん&梅田哲也『オギヨディオラ/ねじロール』
(C)Rody Shimazaki

小倉:どのようになるのか、上演が楽しみです。これから考えていることや、やりたいことはありますか。

:昨年は4つの作品を作っていて、これからもその程度のペースでやっていけたらと思っています。そしてその作品作りが上演で終わるのではなく、自分の生活や人生とつながっていく視点で作ることができればいいと考えています。これは私のみの話ではなく、作品に関わる人たちや観客にも、作品がそのようなイメージで残ればいいと思います。セウォル号遺族のお母さんにとって「演劇練習」が一時の楽しいイベントだったというのではなく、本当にYouTuberになり、歌の講師になり、新しい人生を展開することができるようになったことと同じように作っていくことができればいいと思っています。そして翻訳はずっと続けたいです。私は、翻訳者も企画者としての仕事の一つだと思っていて、坂口恭平さんやいしいみちこさんの本を訳した時もそうでした。日本の戯曲を紹介する際も企画を立案することと同じように考えています。たくさんの人が関わる作品づくりと、一人でこつこつと行う翻訳の仕事は、とてもバランスがいいと思っています。

小倉:コさんの企画や考えていることには、いつもドキドキして刺激をもらっています。これからも楽しみにしています。今日はありがとうございました。

インタビュー後のコさんと小倉氏の写真

【2020年2月11日、mass×mass関内フューチャーセンターにて】


インタビュアー:小倉 由佳子
ロームシアター京都事業担当。神戸女学院大学文学部卒業。アイホール(伊丹市立演劇ホール)ダンス担当者として勤務、フリーランスの舞台制作者を経て、2008年~2013年、アイホールディレクターとして、同劇場の主にダンスプログラムの公演、ワークショップを企画制作。2010年~2015年、KYOTO EXPERIMENT(京都国際舞台芸術祭)制作スタッフ。2011年〜2013年、TPAMディレクションディレクター。舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)理事。2016年4月より現職。東京大学大学院人文社会系研究科 文化資源学研究専攻 文化経営学専門分野修了。

撮影:平岩亨