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国際交流基金アジアセンターは国の枠を超えて、
心と心がふれあう文化交流事業を行い、アジアの豊かな未来を創造します。

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国際交流会議「アジアの未来」―パネル討論「コロナ時代の文化交流」

International Conference / アジアの未来

プレゼンテーション

デジタルが前提に/山内昌之

13世紀のイランの詩人、サアディーは「苦難に遭遇する日が来るまでは、誰も幸福な日の価値がわからない」と語っています。コロナの感染拡大、パンデミックで亡くなった人々を追憶する欧米をはじめ、アジア、そして日本の人々の胸に切々と響く警句です。サアディーの詩の中には、「熱で寝たり起きたりする人のことを考えよ、病人は夜の長さを知るからだ」といった、さながらパンデミックを克服する心構えのような言葉も含まれています。この言葉が発せられてから1世紀後、14世紀の欧州ではペストが大流行。イタリアの作家ジョヴァンニ・ボッカッチョにより『デカメロン』が生まれました。これまで幾度となくパンデミックが起こっても、文化の創造、交流が途絶えることはなく、新しい装いのもとで新たな姿を示してきたのです。 現在のアジアに生きる私たちは、デジタル化の時代に生きています。コロナによるパンデミックはこの時代に生じ、文化交流もデジタル化の時代に行われている。しばらくは画面を通しての文化交流が主流になるでしょう。パンデミックがデジタル化を加速し、デジタル化された文化交流をも促進しています。
本日不参加となったブリュースター美術館のザラ・スタンホープさんにお話いただく予定だったニュージーランドについても触れておきます。ニュージーランドのクライストチャーチで起きたモスク銃撃事件から約1年後の昨年2月、私は現地を訪れました。その際、ニュージーランドのアーダーン首相の業績に感銘を受けました。首相はモスク銃撃事件での経験、反応を教訓とし、コロナ危機にあたっていました。迅速な判断で緊急事態宣言を発令。外出制限などの厳しい措置を取りながらも国民に寄り添う政治姿勢を貫き、共感を得たのです。台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン)総統もまた、コロナ危機において有効的に対応した一人です。
アーダーン首相や蔡英文総統といった女性政治家から学ぶべきは、ソフトパワーによるコロナ危機の乗り越え方。アジア、オーストラリア、ニュージーランドといった国々に生まれている新しい質の文化と日本がどう交流すべきか、今一度考える必要があります。

映画通じて成長/ブリランテ・メンドーサ

文化芸術がコロナ禍においても話題に上ることをうれしく思います。日本・フィリピン合作映画『義足のボクサー』では、多くの日本人、フィリピン人と仕事をしましたが、言語は障壁にはなりませんでした。文化が違っても、互いに努力をすることでの学びがたくさんある。理解を深め、促進させることが映画のコンセプトでもあります。 フィリピンは、アジアでコロナの影響を大きく受けた国の一つです。芸術の優先度は低く、多くのプロジェクトやイベントが延期や中止になりました。この状況に合わせて改善しながらやっていく方法を考えなければなりません。撮影は時間との戦いです。制限の中でとにかく撮影を続けました。
生き残るためには小さな劇場であっても上映することが重要です。コロナ禍では悲観的な映画を避ける傾向がありますが、映画にはダークな物語も必要です。フィリピン人はハッピーな人たちですから、「最後には必ずいいことが起きる」と楽観的に考えます。登場人物もそんな人たちばかりですが、快適な方を選ぶだけでは生き続けることができない場合もある。私たちは厳しい現実に直面していますが、映画が進化するための一助となれたらと思っています。

表現の場 確保を/吉本光宏

昨年春以降、劇場や美術館は断続的に休館に追い込まれ、多くの文化事業が中止・延期を余儀なくされました。中でも大きな被害を受けているのがフリーランスのアーティストです。彼らが芸術活動を断念すれば、将来の文化的損失が甚だしいことは間違いありません。
国際文化交流も深刻なダメージを受けていますが、果敢に挑む例もあります。一つは昨年、コロナ下で開催された横浜トリエンナーレです。アーティスティック・ディレクターを努めたのは、インドのアーティスト集団、ラクス・メディア・コレクティヴ。現状を予測したかのような「毒との共生」というキーワードを掲げ、形を変えて実現にこぎつけ、表現の場を失った多くのアーティストに発表の機会を提供しました。
もう一つが、「TPAM – 国際舞台芸術ミーティング in 横浜」です。印象に残ったのは、「福島三部作」という演劇作品。劇場公演のほか、ライブ配信、アーカイブ配信という3つの方法で世界中に公開されました。観客全員がマスク、感染防止のために誰一人言葉を発しません。それがかえって原子力事故の問題を強くアピールしました。国境を越えた行き来が途絶えている今こそ、国際文化交流の重要性や可能性を認識しなければならないのです。

ディスカッション

異文化に触れ学び合う
厳しい時代こそ新たなステップ

山内昌之(以下、山内):メンドーサ監督は何度か日本で撮影されたことがあるそうですが、その時のことをお聞かせください。

ブリランテ・メンドーサ(以下、メンドーサ):5年前に北海道で『SHINIUMA Dead Horse』という短編映画を撮影しました。日本人と違い、フィリピン人は時間にルーズでジョークを飛ばしながら仕事をします。日本人クルーは彼らの不真面目な態度を受け入れることができないようだったので、私はフィリピン人クルーに、「日本人の仕事の仕方や文化について、敏感に感じなければならない」と指示しました。ここで彼らは文化的な違いを学んだのです。真面目に仕事に取り組むようになり、いつしか日本人クルーもジョークを言い合うまでになりました。互いの文化に適応して学ぶことができる。これがアートの力です。アーティストだからではなく人間同士のつながりが大事なのです。

山内:その通りですね。アーダーン首相はモスク銃撃事件の際、すぐに現場にかけつけ、「あなたたちは私たちである。私はあなたである」という演説をしました。私たちとあなたたちは一緒だと。キリスト教徒だった首相が、ムスリムの被害者の立場に立ち、「人間は人間である」という最も基本的な立場を明確にした。それは芸術や文化にとっても基本となる大切な考え方です。撮影は北海道のどこでされたのですか?

メンドーサ:ばんえい競馬で有名な帯広です。2月の撮影にもかかわらずあまり雪は降らなかったのですが、我々の出発の日のみフライトがキャンセルになるほどの大雪が降りました。私はうれしくなり、最後にそこで撮影をすることにしたのです。とても美しい、忘れられない経験です。

映画のスチル画像
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SHINIUMA Dead Horse
国際交流基金アジアセンターと東京国際映画祭によるオムニバス映画『アジア三面鏡2016:リフレクションズ』の一編。帯広の「ばんえい競馬」を舞台に不法滞在のフィリピン人労働者が強制送還される顛末(てんまつ)が描かれている。

吉本光宏(以下、吉本):メンドーサ監督のお話、とても興味深いです。私が関わる活動に「WCCF(WORLD CITIES CULTURE FORUM)」という国際ネットワークがあります。2020年は10月にミラノで開催予定でしたが、コロナ感染拡大のため中止となりました。そこで現在のチェアマンであるロンドン副市長のジャスティーン・サイモンズ氏が、「国際交流が途絶えている今だからこそオンラインミーティングをしよう」と呼びかけ、各国の現状を共有する会議を2週に1度開催してきました。その話し合いで生まれた共通認識は2つ。一つは新型コロナによってダメージを受けた文化や芸術の再開は都市政策の最重要課題だということ。もう一つは閉塞感に覆われた社会の回復には文化や芸術が大きな力を発揮するということ。オンラインが日常化した今だからこそ、リアルな国際文化交流の意義や役割が問い直されるのです。デジタルとリアルが相互補完することで、国際交流は新たなステップに入っていけるのではないでしょうか。

山内:メンドーサ監督が話された、フィリピン人の「最後には良いことが起きる」という考え方は素敵ですね。

メンドーサ:フィリピン人はとても外交的な人種です。悪いことが起きても常にポジティブ。反対に楽観的過ぎる部分もあります。そこが日本人と違うところかもしれません。日本にもフィリピンにも美しい自然がたくさんあります。これまでは多くの観光客が互いの国を訪れ、交流していました。異なる文化に触れて学び合う。他国の人たちとの交流はとても重要です。

山内:大相撲の世界でも日本とフィリピンとの交流が生まれています。国技である相撲は日本の伝統文化を象徴するものですが、多国籍化が進み、外国にルーツを持つ力士が多く活躍しています。五月場所の上位力士の中にはフィリピン人の母を持つ力士が2人いました。スポーツ交流も大きな意味では文化交流だと私は考えているのですが、まさに異なる文化が合わさって生まれた、新たな文化の形を象徴していると思います。

吉本:作家の村上春樹氏が新聞紙上で発表した「魂の行き来する道筋」という意見論文で、「文化の交換は、いわば国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ」として、「それを塞いではならない」と書いています。国と国は時として政治的立場の違いや経済摩擦で対立することもあります。ただ、文化交流は政治的な対立からも経済摩擦からも距離をおいて相互理解を促進し、分断を回復する力がある。今、国境が分断している理由は政治的対立でも経済摩擦でもなく、コロナという感染症ですが、「魂の行き交う道筋」は途絶えてしまっている。東日本大震災からの復興の際、文化は大きな役割を果たしました。コロナと大震災とを同列に論じることはできませんが、社会が不安を感じる時こそ文化の力が必要です。文化交流をこれまで以上に促進することが、アジアの未来には欠かせません。

山内:コロナの時代だからこそ国際交流のあり方をますます考える必要がありますね。対面での交流は難しいですが、交流する意思を持つ方は世界にたくさんいます。かつて、フランスのパストゥールは、学問には国境がないが、学者には祖国があると語ったことがあります。文化交流を担う人も、自分の国への愛を無視して抽象的に交流を語ることはできません。その結びつきに、私たちがアジアの立場から少しでも貢献できたら幸いです。