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日経バーチャル・グローバルフォーラム「コロナ時代の文化芸術・エンタメを考える―リアルな交流が困難な今こそ、国境を越えて絆をはぐくもう」

Forum / 日経バーチャル・グローバルフォーラム

対談:舞台芸術の国際交流とコロナ後の展望

アフターコロナ時代の新しいルールや哲学

河野孝(以下、河野): 44年前の1976年に東京から富山県の利賀村に拠点を移されて、当時は非常に驚きました。

鈴木忠志(以下、鈴木): 日本が経済大国になりつつある中で国際的に重要な国になるには、さまざまな国の人たちと国際交流できる国際化した広場を作ることが大事だと思ったんです。多種多様、多言語な人たちが集まるわけですから、東京のような大都市よりも地方のほうが可能性があると思い、利賀村を選びました。

河野: 2019年には、「シアター・オリンピックス」を日本とロシアで共同開催されています。また、国際交流基金のアジアとの交流プログラムの中で「アジア演出家フェスティバル」も行われていて、インドネシアと日本が共同制作した「ディオニュソス」も話題です。

鈴木: 作業の過程で、インドネシアの演劇には素晴らしい蓄積があると思いました。宗教が築いてきた感覚、身体的な教養が残っていて、それはグローバリゼーションの時代には大事な視点だなと。

河野: 「ディオニュソス」に続くプロジェクトは、コロナの影響で中断されているんですよね。

鈴木: 日本の文化の独自性は、身体と空間は不可分だという哲学にあり、これが世界的に貢献できる点です。私の俳優訓練法やその身体哲学を学びに世界中から演劇人が集まってくる。いつ収束するかはわかりませんが、それまでは自分たちの考えを深めて、作品、芸術的質をもっと高度にすることが不可欠だと思います。

河野: 利賀名物の花火を使った作品「世界の果てからこんにちは」を、世界の人たちとここに集まって見られる日が来るといいですね。最後に鈴木さんからメッセージをお願いします。

鈴木: 日本の演劇人から「大変だ」という声を聞きますが、私は創造活動の持続という意味では大変だと思っていません。コロナ禍の中でも稽古や公演が継続できる環境を44年前に作った。オンラインでは情報や知識は伝えられても、身体的経験は継承できません。この環境のすごさを外国人のほうが理解している。しかし日本人は、これは例外だと言う。優秀な教育機関、劇団、施設が東京に集中している日本のほうが例外で、今後は日本各地に分散されたほうが文化の形成に役立つと思います。コロナが収束しないと都会で文化活動はできません。都会から距離をとったところで世界に貢献できるような、新しいルールや哲学を生み出す考え方への転換が大事かなと。僕たちが上手くいったということではなく、日本の国土の文化のあり方を変換できるような存在になれればいいと思っています。

対談の様子の写真
鈴木氏が44年前から続けてきた活動が今、新しいルールとして改めて注目されている。

【アーカイブ映像】