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『分離の度合い』 クリスティン・オン・ムスリム/大野拓司 訳

Short Story / アジア文芸プロジェクト”YOMU”(フィリピン)

分離の度合い

その日、下町のアベニーダにある隔離施設で2週間を過ごして以前と変わらぬ様子で戻ってきたのは、テレビ局「TV5」で働く駆け出しの天気予報士ロミナ・ダンセルだった。彼女はラべリント・レジデンシャルアパートのガラスの回転ドアから建物の中に入り、階段の方に向かった時、耳にかけていた紐をうっかり引っ掻いてしまった。マスクの端にくっついている紐だ。

ロミナは2か月ほど前、そのアパート2階の1LDKの部屋に越してきた。向かいの21号室は、ラグロン夫妻と14歳の娘ジェイドの自宅だった。このアパートの住人は誰もがそうなのだが、ロミナは21号室の中で何が起きているのか、気に留めていなかった。たとえば、21号室の居間の片隅に置かれた稲わらベッドにいるジェイド・ラグロンのことには思いが至らなかった。彼女は、左の足首に金属の拘束具をつけられた状態で、なんとか陣痛を和らげようと体の位置を変えるためにもがいていたのだ。子宮の収縮がどんどん規則的になってきていた。台所では両親が、9か月ごとに娘がもたらしてくれる24カラットの金の卵を、逸る思いで待っていた。

2階上の、廊下の端にちょっとしたバルコニーが付いている4階には、ドミナドール・マングラとウェズリー・マパが住んでいた。このアパートに長年暮らす二人の気さくなおしゃべりが、外の通りから聞こえてくる日常の雑音や足音やドアチェーンを掛けるカチッという音などと混じり合って心地よく響く。ドミナドールは、話のネタが尽きないらしいから、たぶん今回も口を開いて「ミンドロ島出身の男」のことを話題にするのだろう。「あいつは、ワイヤでくくられたように目を細めて生まれてきたんだ。だから、モノクロでしか世の中が見えなかった。でも、44歳になった時、突然、視力が戻ってきて、とうとう俺たちと同じようにモノが色付きで見えるようなったのさ。ところが次の日、あいつは狂っちまったんだ。何しろ、それまでの人生でそうした準備ができていなかったのが、急にすべてがカラーになったんだから」。だが、ウェズリーは2週間後に肺がんの合併症で死んでしまうのだけれど、彼は「それって作り話だろう、違うかい」と、その時は元気に反応してみせたのだった。

アパートの自室に戻ったロミナは、窓の一つに目をやった。その窓の鍵は、2週間前に出かけようと急いでいた時、掛け忘れたらしかった。引き戸式のガラス窓から差し込む明るい光が薄れ始めていた。今はもうさほどくっきりしているわけではないけれど、ビニール製ながら木目模様の床は本物っぽかった。未来——その残骸——はベージュ色の壁にぼんやりと押し付けられていた。

私が留守にしていた間、あなたはどうしていたの。ロミナは、特大のポスターの隅に貼られていた粘着テープを慎重にはがしながら、そっとつぶやいた。そのポスターは北斎の代表作『神奈川沖浪裏』のレプリカで、彼女が当時、誰にも怪しまれずに壁の一部を覆い隠すために使える唯一の代物だった。

ポスターの裏には、真っ暗で空虚な小さいギザギザの穴が開いていた。彼女にはそれが穴に見えたし、反対側は空洞のようだった。そこはぜったいに寝室の壁の一部には見えなかった。この世の自然の一部にさえ見えなかった。穴からは、アパートの外の様子がうかがえただろう。スカイラインの一端や下の通りが垣間見えたかもしれない。この異様さが何であれ、2か月ほど前に彼女がアパートに越してきた翌日の朝、出現したのだ。まるで、彼女という存在が隠れ家から姿を現したのをからかっているようだった。

直径でざっと2インチの穴は虚空に向けて口を開け、暗く静まり返っていた。空洞の向こう側は冷たかった。どれだけ冷たいのか、彼女は感触で判断するしかなかった。あたりの気温を測ろうと、穴に寒暖計を差し込んでみたが、数値は出なかった。懐中電灯でも穴の中は見えなかった。穴にぶら下げた容器にアリが入った。アリは何事もなかったように、彼女が容器の底にばらまいておいたパンくずをあさりまくる。空洞が見つかった最初の一か月間、彼女はありとあらゆることを試してみた。ビデオレコーダーをぶら下げてみたり、穴に入る物ならいろいろと投げ込んだりもした。それから、反響音や水しぶきなど、それが何であれ跳ね返ってくる音に耳を傾けた。しかし、何もなかった。穴にあるのは暗闇と静寂がすべてだった。そこは果てしなく広大な空間で、発見されることが想定されていないので、そのまま拡大し続ける空間だったかもしれない。もし見つかっていれば、それに名前がつけられ、ラベルが貼られ、おそらく誰かの所有物になったはずだ。万事が無に帰したかもしれない。あるいは、無益で無害な空っぽのポケットだったのだろうか。

これまでのところ、役に立ったのはコンパスだけだった。ロミナは、キーホルダーに付いていたオモチャのコンパスを使ったのだ。プラスチック製のパンダの形をしたキーホルダーで、コンパスがパンダの腹部にはめ込まれていた。彼女はそのコンパスをはずしてペン先につけ、穴に通してみた。すると、北を示す赤い磁気針の先端が彼女の居場所の反対側へと振れたのだった。

ロミナは、アパートの壁に開いた漆黒の小さな遺物に何ら問題がないことことに満足し、北斎のポスターをはずしたのだ。台所で、炊飯器にコメと水の量を測ってから入れ、乾燥したエンドウマメを2缶、それにベイビーコーンとマッシュルームを1缶ずつ加えてスイッチを入れた。ソイソース(醤油)と黒胡椒で味付けしたこの野菜ご飯は、彼女にとって、大学時代からの頼りになるお手軽料理だった。後で、仕事上の連絡事務をこなしながら食べるつもりだ。

彼女は急きょ旅行かばんの中身を取り出し、汚れた服を、あふれかえった洗濯物用のかごに投げ入れ、幾冊かのペーパーバックス(文庫本)をしまった。その本はどれも、若くて肉体的にも魅力的な主人公が海辺で休暇を過ごしながらセックスを繰り返す軽めの恋愛小説だった。彼女があたかも、2週間という期間を人里離れたテントであんなふうに過ごしたかのように、である。ウイルス検査の結果が陽性だったという電話を受け、隔離生活に入る前に、とりあえず手にした本だった。彼女はウイルスに感染するずっと前に、TV5のほかの従業員と同じように予防接種を受けていた。隔離は少しばかり不都合なことではあったが、内陸都市アベニーダでの感染の広がりを抑える役には立った。

この国ではいたるところで、医療従事者たちが抗議行動を繰り広げた。政府が危険手当や残業手当の支払いを先延ばしにしていたからだ。地域の病院は、ワクチンを接種するには幼過ぎる子どもたちの感染増加に対処するため、懸命に最大限の力を尽くしていた。そうした子どもたちがウイルスの猛攻に抗して命をつなぐには、入院させる必要があったのだ。感染症対策のための個人防護具を法外な値段で供給したダミー会社への大統領の関与をめぐる捜査は、佳境に入りつつあった。

この間、トルコ、オレゴン、サウスオカナガンで山火事が猛威を振るっていた。ドイツやインドでは鉄砲水。ウエリントンでは化学物質の流出。エクソンモービル——同社は1980年代の気候変動危機に際し、石油業界の責任に関する調査結果を隠蔽した——は大金を投じた「アースデイ」の広告を発表した。ハリウッドのセレブが、肌に密着したゼブラパターンの服を着て、竹製のストローで環境に優しいとされる飲み物をすする構図の広告だ。

その夜、ベッドに入ったロミナは、壁の穴の本質について新たな洞察を得たと思った。感情に訴えることのない、落ち着いたベージュ色の壁。それはふつう、破滅的な状況を連想させることのない色合いである。しかし、立ち上がってその洞察が妥当かどうかを確認するには疲れ過ぎていた。だから、確かめるのはたぶん明日になる。明日という日があればだけれど。