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ミャンマーへの道

派遣期間:2018年5月~2019年3月

日本語パートナーズ(NP)への応募にあたって、私がミャンマーを希望したのは2014年~2016年にミャンマー最大の都市であるヤンゴンに滞在した経験があったからです。初めての海外赴任で、現地の人々と業務にあたりましたが、わずか2年4か月で帰任となりました。個人的には、心残りが多く残念な気持ちでいっぱいだったことから、再度ミャンマーに戻る方法を探った中でのひとつの選択肢がNPへの参加でした。もちろん、ビジネスではなく、「日本語や日本文化を教える・伝える」という役割が、本来私がやりたかった異文化交流分野だったということもあります。

NPとしてはミャンマー第2の都市マンダレーに派遣されました。マンダレー外国語大学に派遣された10か月は、仕事はもちろん、接する人々、街の様子、食べるものや毎日の暮らしなど、全てが先の滞在とは異なり、大変面白く有意義な体験ができました。二度の滞在でミャンマーを多面的に知ることができたのは本当に有難いことでした。

日本語パートナーズ同期と先生との記念写真
ミャンマーNP同期の仲間、アジアセンターでお世話になった先生と
――2019年10月国際交流基金のイベント会場にて――

帰国後、日本語学校の非常勤講師やJMCC(日本ミャンマー・カルチャーセンター)での日本語ボランティアを務めていましたが、今年春から多摩市にある恵泉女学園大学の大学院生となり、平和学を学んでいます。1年目は平和学の基礎、人権論やジェンダー論、有機農業や環境、核問題、ODAやNGOなど、幅広く学んでいるところですが、修論のテーマは「ミャンマーの民主化」です。

NP時代を合わせて3年ちょっとの滞在でしたが、ミャンマーの歴史や風土、文化や慣習など、当時はごく浅い一般的な知識しかないままでした。帰国後、各種の文献や著作であらためてミャンマーの歴史を知り、現地の人々や社会に対する理解が足りなかったのではないか、といった自身への疑問と反省が湧いてきました。そこでミャンマーをもっと知るための一歩として、アジアの歴史や民主化運動の流れを追ってみようと考えたのが研究の動機です。何よりも、ミャンマーという国とそこに住む人々とつながった、この「縁」を大切にしていきたい、という思いがあります。それが、私を再びミャンマーへ戻すための道筋になってくれることを期待しています。

入学した大学院での写真
新型コロナウイルス感染症拡大の影響で延期となり9月に実施した入学式にて
日本ミャンマーカルチャーセンターの生徒と撮影した写真
昨年6月、ボランティアで日本語を教えているNPO(JMCC)の生徒さんが高田馬場で開いた結婚パーティにて
再び訪れたミャンマーでの写真
帰国した年(2019)の夏、再びマンダレーを訪れて、お世話になった先生方と再会
Writer
ミャンマー マンダレー
蓑田 瑞恵さん

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