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日本語パートナーズの活動を通して自分の中に「軸」を持てた - インドネシア4期 鈴木純平さんインタビュー

インドネシア
鈴木 純平さん

インドネシアで様々な人と交流し、自分の将来について考えるきっかけを得た

――先ほど、鈴木さんは「日本語パートナーズの活動中に何か見つけたい」と話していました。得られたもの、つかんだものはあったでしょうか。

鈴木:活動を通して、自分が何にやり甲斐を感じるか悟りました。自分のできることで誰かを笑顔にさせる。僕がやり甲斐を感じるのは、言葉にするとそういうことなんです。生徒や家族、友人のために頑張っているエルワン先生とイダ先生の姿が、それに気づかせてくれました。

日本語パートナーズの同期も大事な存在です。自分のミッションは何か、僕はその答えをずっと探していたので、同期と食事をするたびに、企業に勤めた経験がある人に「組織で働く意味とは?」「仕事を通じて何を達成したかったのか?」と質問をぶつけていました。それに対して、みんなはぐらかすことなく答えてくれたんです。だから僕も自分の迷いや悩みと向き合えたし、相手を満たし自分も満たされる仕事って何だろうと考えることができた。日本語パートナーズとして活動した結果、「人を笑顔にさせる」という自分の軸となる意志を持てたことが、僕にとっては一番大きいです。

日本語パートナーズの同期たちと浴衣を着る鈴木純平さんの写真
スマラン市内の高校の日本祭りで、日本語パートナーズインドネシア4期の同期たちと日本文化を紹介

――活動中に、たとえば生徒の笑顔を見て喜びを感じたことはありましたか?

鈴木:ひらがなを覚えられない生徒を対象に放課後、僕の住居でひらがなを教えたんです。生徒たちはかなり苦労していたけれども、あきらめずに勉強を続けてくれました。僕のひらがな講座があった翌日、偶然にも学校の日本語授業でひらがなを書く問題が出て、講座に参加していた生徒が手を挙げたんです。みんなの前でひらがなを正しく書いて、先生に褒められて。その生徒の嬉しそうな顔は今も忘れません。自分の手助けによって人を笑顔にさせる喜びを感じたのは、この時が初めてだと思います。

生徒たちと鈴木純平さんの写真
ひらがな講座に参加した生徒たち

――では、自身の軸となる「自分にできることで人を笑顔にしたい」という思いを日本語パートナーズの活動後にどう具体化していったのか、そのプロセスを聞かせてください。

鈴木:自分に何ができるか考えるにあたり、アンバラワの高校生やガジャマダ大学の学生が語った共通の言葉が大きなヒントになりました。僕にとって留学はとても貴重な経験だったので派遣校の生徒に留学を勧めていたところ、1年生の女子生徒がこう言ったんです。「私の夢は日本語教師になることなので、日本で勉強したい。でも、私の家にはお金がないから留学なんて望めない」と。高校1年生で早くも夢をあきらめざるを得ないことに衝撃を覚えました。ガジャマダ大学の友達に勧めた時も「費用を出せないから日本への留学は無理」と言っていたんですよ。彼らのそういう発言が、人を笑顔にできる仕事を模索している過程で甦ってきました。その瞬間、インドネシアの高校生や大学生の留学を手助けする仕事がしたいと強烈に思ったんです。

その気持ちをストレートに、ゼミの先生と先輩に話しました。すると、持続可能な支援にするためにしっかりとモデルプランを考えてみようという話になって。修士1年に在籍中にプランを練り始め、修士論文もインドネシアから日本への留学支援について執筆することに決めました。

インタビューを受ける鈴木純平さんの写真

――留学支援こそが自分の取り組むべき活動だと確信したのはどの段階ですか?

鈴木:修士論文の調査と営業活動のために2016年の8月から10月にかけてインドネシアの日本語教育機関を訪問した際に、インドネシアに多くのニーズがあることを行く先々で感じました。留学支援が実際にやってみる価値のある事業だと確信したのは、その頃だった気がします。

ただ、ゼミの先生と先輩のサポートがなければ、踏み出すことができたかどうか。自分一人では、これを仕事にしたいという気持ちだけで何から始めればいいかわからなかったと思います。それ以前に、日本語パートナーズとしてインドネシアに行かなかったなら自分の軸を持てなかっただろうし、そうすると、ここまで自分事として打ち込める仕事は見つけられなかったかもしれません。

――日本語パートナーズが鈴木さんにとって参加する価値のあるプログラムだったとすれば、それはどのような点か教えてください。

鈴木:僕は日本語パートナーズの活動を通して、自分の将来について、人生について考えるきっかけを得ることができました。参加すると確実に自分の考えが膨らむ、世界観が広がる。それによって自分が変わる。自分のミッションと思える仕事を手にすることができたのも、日本語パートナーズの経験があったからこそだと実感しています。

――自分のミッションとも言える仕事、すなわち留学支援を通して、人を笑顔にさせることはできていますか?

鈴木:2017年に最初に送り出した留学生3人が特に印象に残っています。彼らにとってはもちろん初めての渡日なので、空港に迎えに行き、一緒にバスに乗って宿泊先まで案内して。その時に3人が「今こうして日本にいるなんて信じられない」と言っているのを聞いて、思わず泣きそうになりました。日本留学のチャンスを得て目を輝かせている彼らの笑顔を見て、グッとくるものがあったんです。今現在、3人のうち一人はインドネシアに帰国しましたが、一人は大学院に進学し、一人は日本の企業で働いています。

鈴木純平さんの活動の様子の写真
日本の小学校でキャリア教育の一環としてJapan Campの活動を紹介

――最後に、今後のビジョンを聞かせてください。

鈴木:「ぜひ日本・インドネシア親善大使に」と声がかかるくらいの評価を得られることを目標に、日本とインドネシアの橋渡し役として力を尽くします。自分で親善大使になりたいなんて言うのは厚かましいですね(笑)。でも5年後、10年後、親善大使に匹敵するほどの役割を果たせるように、もっともっと頑張らなければと本気で思っています。

インタビュー後の鈴木純平さんの写真

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