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経験者に聞く

就職前に海外経験を積む! 大学卒業前後に参加した3人の座談会

ミャンマー
村松 優輝さん
タイ
海野 智咲さん
インドネシア
西田 健吾さん

“鰻よりも美味しかった、ナマズの衝撃”

村松:みんなの現地の生活はどうでしたか? ミャンマーの大学の職員寮は、お湯が出るし、クーラーも洗濯機もあって、とても快適でした。寮には僕らのような外国人講師たちと、大家さんのご家族が住んでいるのですが、大家さんのところの子どもの17才の男の子が、少しずつ打ち解けて、慕ってくれて、とても可愛かったです。ミャンマー語を教えてもらう代わりに日本語を教えていたんです。まるで本当の家族みたいによくしてくれて、とても楽しい時間でした。

一方、寮の周りに犬がたくさんいるのは怖かったですね。目が合うと吠えたり追っかけたりしてくるので、警備員の方に一緒に歩いてもらったり、目をつぶって歩いたりしていました。

現地での村松さんの写真
寮の大家さんご家族と

海野:私のアパートも綺麗だったけど、建物の前で牛が寝てましたよ。犬もいたけれど、何より困ったのは、蟻かな。うっかり甘いジュースを机の上に置きっ放しにしてしまった時には、床が絨毯みたいに真っ黒に。

西田:僕の住居では子猫ぐらいの大きさのあるネズミが出ることも。でも慣れてしまえば大丈夫でした。

村松:授業のコマ数はどうでしたか? 僕の場合は1日2コマくらいで、夜には一般の方達が通う、夜間コースの日本語授業がありました。1日のスケジュールとしては、朝はタクシーで学校に通い、着いたらまず職員室の換気やお湯を沸かして、授業の準備をしていました。帰宅するのは夕方19時ごろ。土日は掃除したり、散髪に行ったり、学生と映画を見たり、観光地にも行きました。

現地の教室で撮影した集合写真
ヤンゴン外国語大学の学生たち

西田:僕の学校は、全校生徒2000人のマンモス校だったので、この週は1年生、この週は2年生と、毎週バラバラのスケジュールを組んで、1か月かけて全学年を回っていました。朝は7時30分くらいに登校。イスラム教徒が多い国なので、毎日「ウーーーン」というアザーンの音がなると、みんなモスクに行ってお祈りし始めるのが印象的でした。学校から帰って来たら、散髪屋さんのおじさんと、コーヒー飲みながらまったり過ごしていました。ランプンコーヒーといって、コーヒーの名産地なんです。

西田さんが現地で撮影した写真
派遣校の先生たちと

海野:話を聞いていると、一番忙しかったのは私かな。1回50分の授業が1日に5から6コマ。1週間に28コマくらいありましたね。朝7時30分頃から、授業についていけない生徒を集めて補習して、それから授業して、夕方は日本語コンテストの練習を手伝って、帰ったらだいたい19時くらい。月から金までバリバリ働いていました。土日は生徒やカウンターパートの日本語の先生と遊んでいましたが、家庭訪問があった2ヶ月くらいの間は、土日に40人くらいの生徒の家をまわりました。

家庭訪問で撮影した写真生徒の家庭訪問では、普段見られない生徒たちの生活が見えた

村松:家庭訪問があるのは、タイだけみたいですね。羨ましい!

海野:いろんな家庭環境を見ることができてとても面白かったです。一人一人、家の様式も違いますし、裕福な家もあればその逆も。ある家庭では、タイの伝統の北部の料理だよって、バッタが煮込まれたものが出てきたり。ホウレン草系の野菜のスープに、大きなバッタが浮かんでいて、インパクトの強い食べ物でした。でも、せっかく出していただいたのだからと、食べてみたらこれが意外に美味しいんですね!

西田:現地の食べ物は色々トライしてみるべきですよね。僕が一番ハマったのはナマズ。屋台で100円くらいで食べられるのですが、癖がなくて鰻より美味しかったです。あまりにも美味しかったので、卒業論文はナマズについて書きました。「ナマズ食のススメ」って(笑)。

ナマズ料理の写真
海に囲まれているランプンは、魚介類が豊富でナマズもよく食べられる

村松:現地ではどれくらいお金がかかりましたか? 僕が一番かかったのは、現地の携帯のWiFi代で、月に5000円から1万円くらい。あとは、通勤のタクシーと食費ですが、食費に関しては全然かかりませんでした。ミャンマーの場合は弁当作って食べる文化があって、白ご飯を持って行けば、みんながおかずを分けてくれたんです。油が多いので5kgくらい太っちゃったんですけれど。

海野:私も十分でした。学校の日本語教師の、カウンターパートの先生に付き添ってカフェに行ったり、タイ料理が好きなので食べに行ったりしていて、かなり外食が多かったけれど、足りました。携帯代はそんなにかからなかったです。

西田:僕もかなりお金は使う方でしたが、十分に暮らせました。ランプンはど田舎なので、休みのときにたまに都会に遊びに行ったりしましたが、お金の心配はありませんでしたね。

お金だけじゃなくて、病気の時も、とにかく“日本語パートナーズ”事業の手厚いサポートには助けられました。インドネシアに着いてから1か月後、暑い国なので水分補給が足りてなくて脱水症状を起こして、カウンターパートの先生に病院に連れていってもらったんです。薬をもらったのですが、「健康相談員」という国際交流基金ジャカルタ日本文化センターの方が、これはなんの薬というのを全部解説してくださいました。とても助かりました。

座談会の様子の写真

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