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経験者に聞く

日本語パートナーズの活動を通して自分の中に「軸」を持てた - インドネシア4期 鈴木純平さんインタビュー

インドネシア
鈴木 純平さん

自分が求める答えを日本語パートナーズの活動中に見つけたかった

――留学後についてお聞きします。帰国すると就職活動が控えていたのではないですか?

鈴木:そうです。帰国後、就職活動を始めました。でも留学したことで、自分がこれまで見てきた世界がいかに小さかったかを知り、このまま就職して一つの企業で働くことに抵抗感もあって。そもそも自分が何をしたいのか見つかっていなかったので、修士課程でもっと勉強して選択肢を広げようと考え、卒論を書きながら研究生として修士の授業も履修しました。

――日本語パートナーズを知ったのも帰国後だったのでしょうか。

鈴木:帰国してすぐ、日本語パートナーズに応募していたゼミの同級生から聞いて知りました。募集の締め切りが約1週後だったので、僕も急いで応募書類を提出したんです。

――充実した留学を終えた直後に日本語パートナーズに応募? 理由が知りたいです。

鈴木:とにかくもう一度インドネシアに行きたくて応募しました。1年間の留学中に人々の温かさに惹かれ、帰国後に漠然とインドネシアに関わる仕事がしたいと考えていたほどインドネシアが好きになったんです。その一方で就職活動を控え、自分はどう生きればいいんだろうという疑問にぶつかっていて……。大好きなインドネシアで日本語パートナーズとして活動する間に何か見つけたいと思ったんです。

――日本語パートナーズの主な役割は日本語授業のサポートです。日本語教育に携わることに関してはどう考えていましたか?

鈴木:正直、インドネシアありきで、日本語教育のことは頭にありませんでした。でも応募書類を書いているうちに、ガジャマダ大学の日本文学科の学生が「日本語を勉強しても日本人と接する機会が少なくて残念に思う」と話していたことを思い出したんです。ならば今度は、日本語パートナーズとなって少しでもインドネシアの日本語学習者の役に立ちたい。そんな気持ちが湧いてきました。

インタビューを受ける鈴木純平さんの写真

生徒の日本に対する関心を高めるために伝えたことは現代日本の生きた情報

――実際に日本語パートナーズとなったわけですが、再び休学を?

鈴木:いいえ。大学4年に在籍したまま参加したんです。日本語パートナーズの内定が出た時点で、就職活動はすぱっとやめました。

――すでにインドネシアでの生活を経験していた鈴木さんから見て、派遣されたアンバラワはどんな町でしたか?

鈴木:アンバラワは中部ジャワ州の山あいにある町で、ジャカルタ発の飛行機で州都のスマランまで行き、そこからバスで約1時間半かかります。ジョグジャカルタよりコミュニティが強く、人々はとても温かくて、通りかかるといつも挨拶してくれました。ただ、日用品を売る店やネット接続が可能なカフェに行くのに歩いて15分ほどかかるので、生活環境の面では多少不便と言えるかもしれません。

インドネシア アンバラワの風景写真
のどかな風景が広がる派遣先のアンバラワ

――派遣先の学校について教えてください。

鈴木:アンバラワ第1国立高校とバウェン第1国立専門高校の2校に、それぞれ週2回ずつ行っていました。アンバラワ高校で日本語の授業を担当していたのは男性のエルワン先生。専門高校の日本語教師は女性で、イダ先生といいます。

――両校の生徒は日本語の授業を楽しんでいるようでしたか?

鈴木:どちらの生徒も目を輝かせて授業を受けていましたね。エルワン先生もイダ先生も生徒を巻き込むような授業をしていて、楽しませるのが上手でしたから。エルワン先生は渡日経験があり、たとえば日本の交通事情について話をするのでも、電車の乗り方やマナーまで話題を広げるんですよ。先生がうまくのせるから生徒もすごく活発で、ディスカッションになるとみんな競って発言していました。

インドネシアの日本語授業を楽しむ生徒たちの様子の写真
生徒たちは日本語の授業を楽しんでいた

――鈴木さん自身はどのようなスタンスで授業に臨みましたか。

鈴木:先生と次の授業で取り上げる内容を事前に打合せするので、それに関するエピソードを探して、授業では生徒の日本に対する関心をより高めることに努めました。一例を挙げると、日本の高校生のお小遣いについて調べ、その使い道を男女別に紹介したことがあります。生徒が関心を持つのはやっぱり、日本の高校生がどんな1日を過ごしているかについて。それを予測して、日本語パートナーズの活動が始まる前に渋谷や原宿で高校生がよく行く場所の動画を撮っておいたんです。その動画を休み時間にパソコンで生徒に見せると、みんな興味津々で見入っていましたね。

僕は常に生徒との距離を縮めることを心がけていたので、空き時間はできるだけ校内を歩き回ってインドネシア語で話しかけました。アンバラワで外国人を目にすることはほとんどなく、僕が初めて見る外国人、日本人という生徒も多かったんですが、友達感覚で接しているうちに親しみを持ってくれたのか、数名の男子生徒から恋愛相談を受けたこともあります(笑)。

インドネシアの生徒たちと鈴木純平さんの写真
時には生徒と「恋ばな」で盛り上がったことも

――鈴木さんはどちらかというと、日本文化より現代日本の日常を伝えることに積極的だったようですね。それは意識して試みたことですか?

鈴木:はい。恥ずかしながら僕は、日本の文化に精通しているほうではありません。自分が50%しか理解していないことを人に伝えた場合、受け手の理解度はせいぜい30%程度でしょう。そうなると、生徒は中途半端な知識を得ることになってしまいます。だから、自分が理解している事柄を中心に紹介することにしたんです。

インタビューを受ける鈴木純平さんの写真

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